◆2013年6月例会のお知らせ
2013年6月29日(土)午後1時半より
慶應義塾大学 三田キャンパス 西校舎522番教室
シンポジウム
チャールズ・オルソンって誰?『マクシマス詩篇』って何?
大文字のHISTORYから小文字のhistory へ
司会・講師:原成吉(獨協大学)
講師:平野順雄(椙山女学園大学)
講師:阿部公彦(東京大学)
講師:斉藤修三(青山学院女子短期大学)
オルソンとその時代
「投射詩論」、ブラックマウンテン・カレッジ、『マクシマス詩篇』
原成吉(獨協大学)
アメリカ建国史を見直す『マクシマス詩篇』
平野順雄(椙山女学園大学)
オルソンとイギリス
J・H・プリンを中心に
阿部公彦(東京大学)
「踊り場」の詩学
『マクシマス詩篇』遠望
斉藤修三(青山学院女子短期大学)
***
分科会
近代散文
『ポイントンの蒐集品』における「テイスト」の政治学
野崎直之(テキサス大学アーリントン校・院)
現代散文
流れ弾の固め方
『征服されざる人びと』が提出する問題
大野晋司(東京大学・院)
詩
シンポジウムの継続
チャールズ・オルソンって誰?『マクシマス詩篇』って何?
大文字のHISTORYから小文字のhistory へ
演劇・表象
ニュー・バーレスク
21世紀における舞台芸術としてのストリップティーズ
北村紗衣(東京大学・非)
→全体会の要旨、分科会のタイトルと要旨は、支部ホームページをご確認ください。
◆2013年6月例会のお知らせ
2013年6月29日(土)午後1時半より
慶應義塾大学 三田キャンパス 西校舎522番教室
シンポジウム
チャールズ・オルソンって誰?『マクシマス詩篇』って何?
大文字のHISTORYから小文字のhistory へ
司会・講師:原成吉(獨協大学)
講師:平野順雄(椙山女学園大学)
講師:阿部公彦(東京大学)
講師:斉藤修三(青山学院女子短期大学)
<概要>
チャールズ・オルソン(Charles Olson, 1910-70)の名前は、アメリカ文学史ではポストモダンの中心的詩人として語られることはあるが、日本ではまだ市民権を得ているとは言い難い。昨年、平野順雄氏による『マクシマス詩篇』(南雲堂)の完訳が出版された。これは詩の読者にとって、ひとつの「事件」だった。そこで今回のシンポジアムでは、名古屋から平野氏をお迎えして、オルソンの魅力と『マクシマス詩篇』の面白さを、多くの研究者の方にも知ってもらおうということになった。(文責、原)
オルソンとその時代
「投射詩論」、ブラックマウンテン・カレッジ、『マクシマス詩篇』
原成吉(獨協大学)
<発表要旨>
オルソンの「投射詩論」(Projective Verse)が発表されたのは1950年だった。当時、パウンド=ウィリアムズといった、今ではアメリカ詩の主流と考えられている部分は、まだ白地図のままで、詩人たちの「お手本」となっていたのは、「詩を新しくする」というパウンドのモットーではなく、「詩を説明できるものにする」というクラスルームの詩学であった。オルソンの詩論に新しいアメリカ詩の誕生を直観したウィリアムズは、『自叙伝』(1951)の1章をさいて「投射詩」を紹介したが、時代の振り子が動き出すまでには、さらに10年の歳月がかかった。「投射詩」とは、詩人が頭の中で作った観念を文字によって読者に伝達するのではなく、「喉の奥でおこる息(breath)のドラマ」を詩人から読者に直接伝達しようとする詩である、と『マクシマス詩篇』を完訳した平野順雄はその解説で述べている。
オルソンが『マクシマス詩篇』を書き始めたのは、ノースカロライナの山中にあったブラックマウンテン・カレッジ(1933-56)で断続的に教え始めた時期と重なる。マッカーシズムの時代、大学として認可を受けていなかった「コミューン」のような芸術共同体で、オルソンは芸術家を育て、作曲家のジョン・ケージやダンサーのマース・カニングハムたちとコラボレーションを行った。また教授陣に加わった詩人のロバート・クリーリーは、Black Mountain Reviewを編集し、60年代以降のアメリカ詩を創造していった。オルソンが学長をしていた最後の3年間について紹介する。
いわゆるポストモダンと呼ばれるアメリカ詩は、ドナルド・アレンが編纂したアンソロジーThe New American Poetry(1960)に始まる。そこでマッピングされたブラックマウンテン派とサンフランシスコ・ルネサンスのグループ、そしてビート派との繋がりについてもお話ししたい。
アメリカ建国史を見直す『マクシマス詩篇』
平野順雄(椙山女学園大学)
<発表要旨>
『マクシマス詩篇』(The Maximus Poems, 1983)とは、アメリカ詩人チャールズ・オルソンが、1950年から没年まで書き続けた、600頁を越える長篇詩のことである。詩篇は、「最高人」、「最大の人」という名の語り手マクシマス(Maximus)が、アメリカの始源の地マサチューセッツ州アン岬の漁港都市グロスター(Gloucester)に向かって語りかける構成になっている。
『マクシマス詩篇』は、政教一致の国を創るべく清教徒が新大陸へ移住したことをアメリカの始まりであると見る建国史観に異議を唱え、その読み直しを迫る。マクシマスによれば、イギリスのドーチェスター・カンパニー(the Dorchester Company)が、大西洋の彼方に漁業プランテーションを築くために漁師たちをグロスターに入植させたのがアメリカの始まりなのである。政教一致の夢ではなく、漁業がアメリカ建国の目的だったのだ。
しかし、新大陸の漁業は、清教徒の到来によってすぐに汚される。アン岬が漁業に適するかどうかを調査する航海は1623年頃に行われ、ドーチェスターの漁師が最初にグロスターへ入植したのは1624年である。一方、清教徒のプリマス入植は1620年である。新大陸への入植特許状をイギリス王ジェームズI世から入手したのは、清教徒の方が早かった。そんな事情からグロスターの漁師とプリマスの清教徒の間で、アン岬の漁業足場をめぐる諍いが起こる。これをマクシマスは、第一次産業に従事するグロスター住民と商業主義との全面戦争だと見るのである。
「初期の産業と売買から離れ、さまざまな腐敗と結託して利潤を追求するニューイングランド・マネー」によってアメリカは大国になった。しかしそれは気が狂い、頽廃状態に陥ったアメリカだ。この頽廃と狂気からアメリカを、自己を、自分の愛する者たちを救う道をマクシマスは探す。アルゴンキン族の民話やアン岬の地質の側から歴史を語り直すことによって、アメリカを内側から救う道を探すマクシマスの探求の集積が『マクシマス詩篇』なのである。
オルソンとイギリス
J・H・プリンを中心に
阿部公彦(東京大学)
<発表要旨>
本発表ではオルソンと交流があった英国詩人J・H・プリン (Prynne) の作品に焦点をあてる。なぜこの二人による「英米交流」にわざわざ注目するかというと、20世紀の英国詩がある時期から一種の〝鎖国状況〟に陥りつつあったからである。
そもそも20世紀の英国詩は「モダニズムVSアンチ・モダニズム」という対立軸を通して理解されてきた。パウンドやエリオットといった実験的な作風の詩人たちが力を持った1920年代前後のモダニズム盛期は、他方、エドワード・トマスをはじめとする伝統的な作風のジョージア朝詩人たちが冷遇された時代でもある。しかし、その後潮目は変わり、一転して伝統派詩人の勢力が強まった。1950年代以降は主要出版社や助成機関も、モダニズム風の実験詩を書く詩人より、テッド・ヒューズやフィリップ・ラーキンに代表される伝統派の詩人に場を提供するようになった。そこには保守対革新という政治的な対立もからんでいたと言われるが、より重要なのは、国外の詩人、とくに米国詩人との関係のとり方だった。保守派の詩人の多くが国際的な交流に冷淡だったのに対し、革新派(しばしばalternativeやinnovativeといった形容が使われる)はブラックマウンテン派や言語派(L=A=N=G=U=A=G=E)など米国の実験詩人たちとの交流に熱心だった。プリンとオルソンとのつながりは、そうした国際的な実験詩運動の中で重要な意味を持ったのである。
本発表ではこうした状況を簡単にマッピングした後、日本ではあまり知られていないプリンの詩の作品を、その作風の変化を追いながら紹介、その過程でオルソンとのかかわりについても触れられればと思っている。プリン・オルソン間の往復書簡はまだ刊行準備中なので、筆者がプリン自身から聞いたオルソンについてのコメントなど紹介できればと思っている。
「踊り場」の詩学
『マクシマス詩篇』遠望
斉藤修三(青山学院女子短期大学)
<発表要旨>
詩人とは、言語化される前の世界を希求して「踊り場」に立つ人ではないだろうか。谷川俊太郎は「宇宙内存在と社会内存在」が重なる境界に人間を位置づけ、「生まれる時、人は自然の一部。宇宙内存在として生まれ」、やがて「ことばを獲得し、教育を受け、社会内存在として生きていかざるをえない」と言う。そして散文が社会の範囲内で機能するなら、詩は「宇宙内存在としてのありように触れ……言語に被われる以前の存在そのものをとらえようとする」と。「踊り場」とは前言語的な事実に素手で向き合い、反復や置き換え可能な観念に回収される直前の、詩作と言う一回性を帯びた出来事へ没入する中間領域(ボーダー)を指す。素材との接触からイメージや意味が一期一会で立ち現れる瞬間をすばやく捉えて言葉へ受肉させ、そうして分節化され直したオルタナティブな見方や了解を「階下の」社会に投げ返して読者の認識世界を刷新する。生者と死者、自己と他者、精神と身体、主体と客体、事物と言語意識、受動と能動、カオスとコスモス……言語表象の前と後とが拮抗する境界に身を置き、みずから交差点となって双方を調停する。食うか食われるかでなく、たがいに相手が糧(かて)となるような全体論的(ホリスティック)な贈与の絆で双方をつなぐ。それが詩人の立つ踊り場である。
初めてオルソンに触れて難解さに舌を巻いたのは、かれこれ30年近く前のこと。故・高島誠先生の研究会で『マクシマス詩篇』第一巻を読んだ時だった。その後私はポストモダン詩を離れマイノリティ文学ばかり読んでいたが、去年平野先生訳が出版され、書評の仕事が舞い込み、原書と翻訳の大型本二冊に机を占拠される日々がしばらく続いた。相変わらずの巨大さに圧倒され、麓で仰ぎ見るばかりだったが、数十年ぶりの再会でほんの少し見えた部分もあった。「踊り場」をキーワードに、歴史や神話の扱われ方について一部ご報告できればと思う。
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分科会
詳細は追って掲載いたします。