愛知教育大学久野 陽一
ロック界でも比べられる者がなかなか見つからない鬼才と言えばフランク・ザッパ(Frank Zappa, 1940-1993)である。彼が自分のバンド、ザ・マザーズ・オブ・インヴェンション(The Mothers of Invention)を率いてデビュー・アルバム『フリーク・アウト!』(Freak Out! )を発表したのは1966年7月のことだった。プロデュースはボブ・ディランとの仕事でも知られる黒人プロデューサー、トム・ウィルソン。当時ザッパが活動の拠点としていたアメリカ西海岸では今まさにサイケデリック・ロックやフラワー・ムーヴメントがブームとなろうとしている時代である。ロック史上の最初の2枚組アルバムとも言われるこの作品が描く世界は、しかし、およそ流行のヒッピー文化とは異なるもので、ドラッグによる陶酔や幻想とは真逆の(ザッパは大のドラッグ嫌いとしても知られている)冷ややかな理性による諷刺や批判の目が、とんでもなくばかばかしいナンセンスな歌詞をともなって、そこかしこにかいま見られるものであった。また音楽的にも、当時の基本的なフォーマットになっていたフォーク・ロックやブルース・ロックに加えて、R&B(ザッパはドゥーワップのコレクターとしても知られている)やジャズ、とりわけ実験的な前衛音楽(若き日のザッパのヒーローはヴァレーズとストラヴィンスキーだった)が融合したきわめて特異なパッチワークであった。
『フリーク・アウト!』の一曲目で “Mr. America” に呼びかけたときから、彼の楽曲では、さまざまな形でアメリカが歌われてきた。ただし彼の描くアメリカはつねに "ugly" で “bizarre”(一時期のザッパのレコード・レーベル名)であった。亡くなるまでに膨大な作品を残したザッパだが、ここではおもに60年代の作品、『フリーク・アウト!』、1967年に発表された2作目『アブソリュートリー・フリー』(Absolutely Free)、1968年の『ウィアー・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マネー』(We're Only in It for the Money;前年に発表されたビートルズ『サージェント・ペパーズ』のアルバム・ジャケットのパロディでも知られる)あたりを取り上げて、彼の抽出する “bizarre” なアメリカの姿を見ていきたい。