伊藤 ゆかり 山梨県立女子短期大学
Adrienne Kennedyの戯曲は、第一に強烈な視覚的イメージで我々を引きつける。処女作であり最も有名な作品でもあるFunnyhouse of a Negro が代表的な例であろう。主人公をあらわす男女を含めた複数の登場人物は、抜け落ちる髪や、割れて血だらけとなった頭部といった造形を与えられ、一黒人女性とその両親の人生を具現化する。本当のところ過去になにが起こったのか明確に語られることはないが、主人公が向かい合っている歴史と社会のイメージが観客に迫ってくる。新進劇作家Claraを主人公とするA Movie Star Has to Star in Black and White も、映画を使った視覚イメージが豊かな作品である。Claraは自分の生活や家族について語るのだが、映画の主人公を含めた複数の人物による語りや、彼女の書く戯曲の台詞が挿入されることで、語りは断片化される。Kennedyの初期戯曲は、物語を語ることを拒否しているようだ。
それに対して黒人劇作家Suzanne Alexanderを主人公としたthe Alexander Playsと称せられる一連の作品においては、主人公が、起こったことを初期作品よりもはるかに明確に、時間軸にそって語る。転機となっているのは、Lois More Overbeckが指摘するように、自伝であるPeople Who Led to My Plays とDeadly Triplets であろう。とりわけthe Alexander Plays以前と以後をつなげる作品として後者に注目したい。この作品は、A Theatre Mystery and Journal という副題が与えられ、Kennedyが出会った演劇人を短い文章で活写した、自伝の延長ともいえるジャーナルと、劇作家Suzanne Sandを主人公とした小説が組み合わされている。アイデンティティの混乱や、姉妹との確執といったほかの作品でも繰り返されるモティーフが見られるが、特に興味深いのは、自らの人生における謎を解こうとする劇作家と、彼女を助けようとする俳優を主な登場人物とした通俗的ミステリーの形をとっていることである。
このミステリーという語り方こそが、the Alexander Playsを支える手法といえよう。Suzanne Alexanderの幼い娘の殺害をめぐるOhio State Murders はいうまでもなく、夫の失踪という状況下のSuzanneを描く Dramatic Circle にも謎の人物をめぐるハリウッド映画のようなサスペンスがあり、さらに近年の代表作であるSleep Deprivation Chamber は、法廷ミステリーの変型とみなすことができる。ミステリーの作法どおりに、劇の結末では一定の解決が示されるものの、そのとき我々は解決されていないより大きな謎とともに残される。本発表では、bell hooksが“She shrouds the work in mystery.”と延べ、Kimberly W. Benstonが “a . . . thematically phantasmagoric enigma”と評したKennedyの作品における謎とはなにか検証したい。そして、初期の戯曲において死と暴力を視覚的に表現していたKennedyが、静謐ともいえる語りによる表現へ至った変化をもあわせて分析したい。