戸谷 陽子 お茶の水女子大学
20世紀後半以降のアメリカ舞台芸術の分野において、パフォーマンス・アートというジャンルは1960年代以降、アーティスト個人の生身の身体を媒介として表現される新たなるジャンルとして活発化した。その中で、女性の身体表象を軸にしたパフォーマンスもいくつかの流れをもって確実に実践されてきたが、これには60年代の公民権運動やヴェトナム反戦運動が盛んであった時代を背景に女性解放運動が「第2のフェミニズムの波」として、政治的・文化的な活動に大きく影響したことが、ひとつの大きな思想的背景となっている。60年代はまた、新たなる前衛演劇がいわゆる「肉体の演劇」を中心に台頭し始めた時期でもあった。そしてこれがテクノロジーの進化を背景に新たな局面を迎えたのが80年代であった。C.W.E. Bigsbyは、演劇における文化的地殻の大変動ともいうべき変革は、50年代にノースカロライナ州のブラックマウンテンカレッジで発信されたハプニングやパフォーマンス等の新たなアート運動に起源を発し、60年代に隆盛を極めるアメリカの前衛演劇の始点もここであったことを指摘しているが、パフォーマンス・アートというジャンルそれ自体は、20世紀初頭モダニズムの時代より、50年代のフルクサス運動を経由して継承されてきたともみることができよう。
本発表では、女性自身の身体に対する認識に焦点を絞り、女性によるパフォーマンスを対象に、20世紀後半以降のパフォーマンス・アートという舞台芸術のジャンルにおける女性の身体に対する認識とその表象を考察する。初期のフェミニストパフォーマンスに見られる女性の身体を自らのものとして再獲得することを目指すような身体表象、70年代から80年代にかけて理論・実践ともにフェミニズムが浸透していく中で出現した、ジェンダーの境界線を身体に変更を加えることによって撹乱していくような戦略をもつパフォーマンス等を、フルクサス運動の主力メンバでもあったCarolee ShneemanのInterial Scroll(1975)、パフォーマンス・アートというジャンルを大衆に認知させた功績をもつLaurie AndersonのOh Superman in United States (1979)、自らの身体を検証の対象として見世物化してみせたAnnie Sprinkle、わいせつな身体と名づけられたKaren FinleyやPenny Arcadeらのパフォーマンスを考察対象に、また写真家Cindy Shermanの活動も視野に入れつつ、仮に女神の身体、わいせつな身体およびおぞましい身体、さらにサイボーグの身体と分類して各々の身体表象のあり方を検証し、今日的な文脈の中で理論付けを試みたい。