1. 全国大会
  2. 第45回 全国大会
  3. <第1日> 10月14日(土)
  4. 第3室(58年館7階 877教室)
  5. 2.Adventures of Huckleberry Finn に見る宗教と近代

2.Adventures of Huckleberry Finn に見る宗教と近代

上西 哲雄 北星学園大学


Mark Twainの代表作 Adventures of Huckleberry Finn (1884)の物語の枠組みはWidow Douglasによるsivilizeからの脱出で始まり、Sally Phelpsによるsivilizeの申し出からの脱出の決心で終わるというものである。Douglas姉妹やPhelps家が敬虔なキリスト教徒であることを考えると、sivilizeは勿論キリスト教教育であり、物語の枠組みはキリスト教教育の枠組みと言い換えることが出来る。その間の河下りも敬虔なクリスチャン・ホームであるGrangerford家や野外伝道集会でのキリスト教体験、そして奴隷の逃亡幇助を巡る苦悩も、キリスト教のsivilizeのプロセスとなっている。

Huckは一方で、また別の宗教的世界にも身をおいている。神秘主義的な信仰の世界である。彼は父親から祓(はらえ)の信仰を教え込まれている一方で、黒人奴隷Jimのspirit信仰にも半信半疑ながら関心を持っていて、時には霊媒としてのJimに占いを依頼することもある。河下りの途上でのふたりの交流には、しばしばJimの信仰が絡む形になっている。

物語に描かれるこうした宗教的な状況は、19世紀のアメリカに特有の宗教現象が反映されている。19世紀に入るとキリスト教は、17世紀のイギリス人植民地人によって始まったニューイングランドのピューリタンを中心とする信仰から、西部開拓の中で西部がsivilizeされながら培われる福音主義的なものに変化していく。一方、アメリカにとって19世紀はspiritualismを中心とする神秘主義的な信仰が急速に広まった時代でもあった。Transcendentalismが知識人の間で流行する一方、霊媒や催眠術によるspiritへの民間信仰がブームとなり、19世紀後半に入ると信仰による癒しを主張するChristian Scienceが登場する。

Mark Twainは物語の舞台となった1830・40年代に福音主義のキリスト教と民間信仰に満ちた西部で育ち、南北戦争のどさくさを越えて、1870年代からは東部知識人の中で作家活動を本格化させる。近代化の真っ只中に身をおいていた彼は、生まれ故郷で接した福音主義的キリスト教の単純な教えと情緒的な信仰からなる側面や、神秘主義的な民間信仰に対して、冷笑的なスタンスをとっていた。

Huckleberry Finn の物語には、19世紀前半に盛り上がった宗教状況に対する19世紀後半の東部知識人の視点が明らかにあって、宗教の描かれ方は冷笑的な部分が目立つ。その一方で、宗教を完全に否定し切っていない所も散見していて、丁寧に読んで行くとその曖昧なところが気になる。19世紀アメリカ社会は近代化が加速度的に進む一方で、キリスト教の中でも情緒的な側面が広がりを見せたり、spiritualismのような神秘主義的な信仰が広まったりするという、一見矛盾した状況が作り出されていた。作品のこの曖昧な部分に、当時の社会に対するMark Twainの思いを読んでみたい。