1. 全国大会
  2. 第50回 全国大会
  3. <第2日> 10月9日(日)
  4. シンポジアムⅠ(関西支部発題)(A301教室)
  5. メルヴィルと動物表象

メルヴィルと動物表象

京都大学名誉教授 福岡 和子

 

メルヴィルと言えば、いうまでもなく鯨を筆頭とした海に生息する様々な動物たちが想起されるが、彼の作品には他にも陸の動物、しかも我々人間にとってごく親しい犬や鶏や馬なども登場する。それらの動物は「表象」として、形而上学的問題から文明諸国の植民地政策や、人種問題、経済格差など、様々な問題を取り扱おうとするメルヴィルに対して、有効なツールを与えてきた。メルヴィル作品におけるそれらの動物表象の多様性はもっと注目されてしかるべきであろう。しかし同時に、メルヴィル作品の場合、人間による動物表象の恣意性そのものを問題視していることが少なくない点にも留意しなければならない。動物が時には、その存在を強く主張してくるのである。そうしたメルヴィルの動物の扱いが、当時のアメリカ社会にあっては、いかに特異なものであったかを知るために、当時流布していた動物イデオロギーとでも呼べるものについても言及したい。それは、リディア・H・シガーニーや、リディア・M・チャイルド、ハリエット・B・ストウといった女性流行作家たちが声高に様々な媒体を通じて唱道した“the domestic ethic of kindness”である。19世紀アメリカに形成されたミドル・クラスの家庭に浸透し、今で言う「ペット」を飼うことを広めることにもなったものだが、そうした同時代の動物愛護のイデオロギーと対置される時、メルヴィルが動物と人間の関係をいかにとらえていたかが、より鮮明にされることになると思う。