名古屋工業大学 藤岡 伸子
ソローの名と共に誰もがまず思い浮かべるのは、ウォールデン湖周辺の水辺や森の風景であろう。季節の移り変わりが織りなす自然美と渾然一体となる幸福な時の描写が『ウォールデン』の中には数多くちりばめられており、それが作品の一番の魅力となっていることは間違いない。しかしこの作品には、森の風景の甘美で柔らかな味わいとは対照的に、まるで異物のような、堅く不快な感触を読者に残す生き物たちがしばしば登場してくることに注目したい。近代主義は17世紀の中葉に西ヨーロッパで誕生し、ある種の「繁栄」を世界中にもたらしてきた。そして、世界を改変可能なモノの集合体であると見なすそのデカルト主義的世界観は、そのアンチテーゼとして、ロマン主義を生み出した。たしかにソローはその流れの中で出発した。しかし彼は、ロマン派的な「自然との幸福な合一」という自然観を程なくして抜けだし、極めて今日的な生物多様性の地平へと急速に近づき、そしておそらく「今」をも通り越した先で私たちを待っている。20世紀末の環境主義の台頭以来、様々に予想されてきた近代の最終相に、私たちは今まさに出くわしているのだろう。だがその一方、次の時代の新たな世界観を未だ明確なものとして持ち得てはいない。そこで、ソローの世界に頻繁に現れては消える、不気味で不敵な動物たちに注目してその先駆的な世界像を今新たになぞり直すことにより、次の時代を生きるための新たな世界観の感触を確かめたい。さらに、ソローの系譜に連なるアルド・レオポルド、バリー・ロペス、E.B.ホワイトらが紡いだ動物の物語も視野に入れながら、私たちが今、動物を語ることの意味そのものを問い直したい。