1. 全国大会
  2. 第50回 全国大会
  3. <第1日> 10月8日(土)
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3.言いたいことのない詩人 — ウォレス・スティーヴンズの後期作品

阿部 公彦 東京大学

 

「書く人」には何か言いたいことがある——私たちはついそうした見方をとりがちだ。おそらく詩の場合、〝内面の表出〟こそが詩作の中心的な動機となるというロマン派以来の考え方もあり、そういう見方がジャンルとしても強力に根づいてきた。しかし、実情はもっと複雑である。20世紀になると「自分には何も言いたいことがない」という意識と向き合うことでこそ詩を書く詩人が増えてきた。たとえばT. S. EliotのImpersonalityという概念は明らかにそうした時代の潮流をとらえたものだろう。

今回とりあげるのはWallace Stevensである。Stevensは日常生活の中でもたいへん無口で、奥さんとは何十年にもわたってほとんど会話がなかったらしい(単に夫婦仲が悪かったという説もあるが)。とくにStevensの後期の作品は、前期の作品で用いられたモチーフやイメージをゆるく繰り返すだけに見えるものが多く、人によっては「ネタ切れ」という印象を持つかもしれないし、「いったいなぜこの人はそれでも詩を書くのか?」という疑問が生まれてくるのもまったく自然である。

しかし、興味深いのはそうした「もう言いたいことはない」「書くことはない」という身振りを通してこそ表現される何かがあるらしいということである。文学表現とは必ずしも腹に抱え持った何かを、これでもか、これでもか、とこちらに押しつけるだけのものではない——もっと別の機能を持ちうるものなのではないか。Stevens後期の作品を丁寧に読んでいくとそんな見方をとりたくなってくる。

今回の発表では、Stevens後期作品でも最晩年に書かれたもののひとつである“The Rock”をとりあげ、「何も言いたいことがない」という一見身も蓋もない出発点からどのようにして詩が紡がれるのかについて、あらためて考えてみたいと思っている。“The Rock”に読めるのは、おそらく言葉の豊穣さであるよりも言葉の貧しさであり欠如であり喪失である。そのような詩がいったい何をやろうとしているのかを見極めることで、Stevensに限らず、さまざまな現代詩を読むためのヒントも得られるのではないかと思っている。