1. 全国大会
  2. 第50回 全国大会
  3. <第1日> 10月8日(土)
  4. 第2室(A304教室)
  5. 2.“The Two Temples”とキューバをめぐる想像力

2.“The Two Temples”とキューバをめぐる想像力

小椋 道晃 立教大学(院)

 

Herman Melville (1819-91)の短編“The Two Temples”は、1854年に執筆されていながらも、雑誌Putnam’s Monthly Magazineに掲載を断られており、作家の生前には出版されることのなかった作品である。本作品が雑誌掲載を断られた理由のひとつは、メルヴィル宛の手紙等によって明らかにされてきたように、作中のアメリカ教会に対する明確な風刺が原因であるとされている。本短編は、アメリカとイギリスのトランスアトランティックな対立を軸にした「二つ折り版」という形式をとる作品のひとつに数えられ、従来、合衆国とイギリスの対立軸のもとで読み解かれることが多く、とりわけ、作中に登場する英国の俳優に注目し、1849年に起きたアスター・プレイス・オペラハウスでの暴動と関連づけて論じられてきた。

しかし、本発表において注目したいのは、アメリカの教会に入ることを許されない語り手が、こっそり忍びこみ、礼拝の様子を見下ろす場面において、会衆の頭がステンドグラスの多彩な色に輝き、「まるでキューバの太陽の光によってぴかぴか光る海底の小石のように見えた」と語ることである。アメリカの教会とイギリスの劇場という明確な対比を書き込んだメルヴィルの想像力の中で、その間に挟まれるカリブ海の島のイメージにはいかなる意図が込められているのだろうか。

この問いに答えるには、同時期のパトナムズ誌の傾向を考慮しなければならない。同誌には、カリブ海の島々や、メキシコ、南米といった地域の旅行記やエッセイなどが数多く寄稿されている。なかでも、創刊号の巻頭を飾ったのが、“Cuba” (January 1853)と題されたエッセイであったことは見逃せない。ここでは、スペインの植民地であるキューバの歴史的状況と、キューバの自由と独立をめぐる合衆国の立場について詳細に論じられている。19世紀前半において、アメリカの世論は、スペインの桎梏から自らを解き放とうとする中南米の共和国に対し、自らの対英独立戦争の記憶を重ね合わせ、中南米諸国の革命に熱狂的な支持を表明していた。このことはむしろ、明白な天命のもとで領土拡張を推し進めるアメリカ国家のカリブ海を含めた西半球の帝国主義的支配とも連動している。

したがって、本発表は、“The Two Temples”で展開される英米の対立軸のうちに、合衆国の愛国的な意識に対する作家の皮肉な眼差しを抽出し、他のメルヴィル作品に対する考察も交えつつ、スペイン支配下のキューバをめぐる想像力を同時代の言説とも関連させて読み解いてみたい。