ヘミングウェイ没後50年を迎えて
—『ヘミングウェイ事典』編集過程から浮び上がるヘミングウェイ研究の視座—
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2011年はヘミングウェイ没後50年の年であり、同時に「日本ヘミングウェイ協会」は発足20周年を迎える。この記念すべき年に、同協会編の『ヘミングウェイ没後50年記念論集(仮)』が、また同協会員の多くが参画し『ヘミングウェイ事典』が日本で初めて刊行されるべく、それらの編集作業が進んでいる。特に『ヘミングウェイ事典』は、小説作品を解題するのみならず、作家が残した手紙、新聞や雑誌の記事、詩といったあらゆるテキストを網羅し、加えてそういったテキストに表出する、あるいは作家の人生にまつわる、人、動植物、土地、芸術、歴史、批評など多様な事象を捉えなおしており、この膨大な作業はすなわち、これまでのヘミングウェイ研究の集成であり、かつこれまで埋もれてきた新たなる視座の発掘作業でもあった。
本ワークショップでは、特にこれまで小説作品の周辺に位置づいてきた事柄に焦点をあて、その網羅的再読から見出されたこと、そして浮上する課題について議論したいと考えている。
『ヘミングウェイ事典』では、カーロス・ベイカー編著『ヘミングウェイ書簡選集 1917年〜1961年』(Selected Letters, 1981)に収録された書簡689通のすべてを対象に、要約と必要に応じて解説を付している。手紙は一人ひとりの個人に向かって語られ、ときには告白めいた内面、また巷のゴシップに興じた遊び心が反映されているものもある。また文学的、芸術的、政治的、歴史的、社会学的なさまざまな関心や意見が直裁に語られてもいる。ヘミングウェイの交友関係の広がりによって、同時代に生きた人びとの人生の一端が刻まれ、個人史は時代をも鮮明に浮き彫りにする。そこで、まず今村がヘミングウェイの書簡について発題する。
ところで、ヘミングウェイを研究する者にとって、彼の出自は気になるところである。島村は1630年ころ新大陸にやってきた彼の祖先からヘミングウェイが10代目に当たることを紹介したあとで、彼の370余に上るArticlesについて述べる。特に、まったくと言っていいほど言及されることのない『自由世界に捧げる珠玉の散文選集』(Treasury for the Free World,1946)の「序文」の重要性について述べ、ヘミングウェイの文学との関連性に言及することになる。
さらに、真鍋は小説の影に隠れてきた詩を論じる。ヘミングウェイは、詩に精神史を垣間見せつつ、既成の言語構造を破壊、自由奔放で実験的な新しい言語世界を編み出した。短編と詩により自身の文学を模索していた彼が、大戦参戦後、1920年代パリで、エズラ・パウンドとガートルード・スタインに出逢い、抽象を排除した簡潔、正確で命の通ったイメージや繰り返しとリズムを身につけ一気に詩を執筆する。が、『われらの時代に』(In Our Time, 1925)出版後、核として小説を選択したかの如く、詩が表舞台から消える。しかし、『われらの時代に』のヴィネット(中間章)や短編は散文詩と言え、以後の小説にも若い頃に得た詩の原理が貫かれ、同時に詩も書き続けられる。詩の個性を持つ小説を書く彼が、歌心と遊び心のある新しい形の詩を書く詩人であり続けた面を見つめる。
これらの発題を題材として、フロアーの皆様とヘミングウェイ研究の新たなステージに踏み出すディスカッションを展開したい。