1. 全国大会
  2. 第51回 全国大会
  3. <第1日> 10月13日(土)
  4. 第10室(全学教育棟本館C14講義室)
  5. 4.ディスタント・リズム——Orpheus Descending に於ける「視線」と「音楽」について

4.ディスタント・リズム——Orpheus Descending に於ける「視線」と「音楽」について

相原 直美 千葉工業大学

 

古代から現代に至るまで、オルフェウスの神話が数多くの芸術家に多大なインスピレーションを与えてきたことは、この神話をモチーフとした大理石レリーフ、絵画、詩、オペラ、バレエ、演劇、そして映画等が数多く創作されていることからも明らかである。オルフェウスの神話に魅せられた芸術家達の中にはリルケ、アヌイ、コクトーらがいるが、Tennessee Williamsもまた、その中の一人である。本発表では、Williamsの中期の問題作Orpheus Descending (1957)を、オルフェウスの神話が投げかける「視線」と「音楽」の問題を視野に入れつつ読み解いてみたいと思う。

Orpheus Descending は、Williamsを一躍有名にしたThe Glass Menagerie(1944)よりも4年早く上演されたBattle of Angels (1940)の改訂版である。Battle of Angels は興行的に大失敗に終わったものの、Williamsは17年間という年月をかけてこの戯曲を執拗に改定し続け、再び上演にまで漕ぎ付けた。Williamsが、その過程で、戯曲のタイトルを「ヨハネの黙示録」で描かれる天使とサタンの戦いに因んだBattle of Angels からOrpheus Descending に変えているのは興味深いことである。このタイトルの変更は、Williamsが、戯曲の大筋として1940年当時のもの——閉鎖的な小さな町に降り立った蛇皮のジャケットを着た男Valが、住民の心の奥底に潜む欲望と暴力性を喚起する——を残しながらも、「オルフェウス神話」のエッセンスを戯曲に注入したことを示している。Orpheus Descending にみられる前作からの改訂部分は、オルフェウス神話を意識しながら書かれていると推測され得る。そこに垣間見られるWilliams自身のオルフェウス神話の解釈を読み解くことが、この戯曲全体の理解に大きく貢献すると考えられる。

優れた詩人で竪琴の名手であるオルフェウスは、音楽の力で冥界を支配する神ハデスを魅了し、死んだ妻を冥界から連れ帰る許可を得る。その際、ハデスは「地上に戻るまで妻の方を振り返ってはならない」という条件をつける。しかし、オルフェウスは地上近くで後からついてくる妻の方を振り返ってしまい、永遠に妻を失う羽目となる。この神話には「目」(視線)と「耳」(音楽)の問題が提示されており、本発表でもこの二つの要素に注目したい。特に登場人物の一人、幻視する画家Veeに施された改訂は示唆的である。Battle of Angels では、Veeは幻視を通して見たイエスの顔を絵に描くのだが、Orpheus Descending に於いては、幻視直後に視力を失ってしまう。幻視の直後に視力を奪われるVeeは、最愛の妻の方を振り返ってしまったが故に永遠に妻を奪われるオルフェウスを彷彿させる。同時に、Veeの「視線」の無効化は、ギター弾きのValによって象徴される「音楽」の優位性を意味している風にもとれる。この箇所を切り口として、この戯曲に提示されるWilliamsのドラマツルギーを考察してみたい。