1. 全国大会
  2. 第43回 全国大会
  3. <第1日> 10月16日(土)
  4. 第3室(2号館1階 213教室)
  5. 2.Faulknerの語り手たち

2.Faulknerの語り手たち

重迫 和美 比治山大学

 

21世紀の現在において, 20世紀アメリカ文学を代表する主要作家の一人として評価が定まった観のあるWilliam Faulknerではあるが,彼が作家デビューを果たした1926年から1930年代後半あたりまでの彼を取り巻く文学環境は趣を異にしていた。出版当時の書評からは,同時代の批評家達が今日彼の代表作とされるThe Sound and the Fury (1929), Absalom, Absalom! (1936)を前にしてどのように評価して良いのか判断に悩み,困惑している様子がうかがえる。否定的な意見は主として彼の難解な文章,スタイルに非難の矛先を向けていた。Faulknerの新奇なスタイルは,読者を徒に戸惑わせるものにしか見えなかったようだ。

アメリカ内外の彼の理解者達による解説のおかげで,一見奇抜で意味不明なこのスタイルこそ,Faulknerの文学世界を表現するために必要不可欠な技法であり,彼の作品世界の理解は技法の解題なしには不十分である,という主張がやがて主流を占めるにつれて情勢は変化した。彼が1930年代に生み出した珍しい作風の作品群は斬新で前衛的・実験的・革新的な名著と見なされるようになる。その結果,1926年以降の彼の作家歴は,習作期[Soldiers' Pay (1926), Mosquitoes (1927)など]-- 主要期[The Sound and the Fury (1929), Absalom, Absalom! (1936), Go Down, Moses (1942)など]-- 停滞期[Intruder in the Dust (1948), A Fable (1954)など]-- 円熟期[The Town (1957), The Mansion (1959)など]と概括されるのが今日では一般的になった。

Faulknerの作品世界における作品間の勢力図はここ数十年間変化ない。かつて批評家達に酷評された目新しい技法による作品は今や文学界の金字塔として評価が高く,技法が目立たなくなってきた後期--1940年代半ばから1950年代にかけて--の作品の評価はやや落ちるとされる。加齢,経済的困窮,世界大戦など,いくつもの負の事柄に50代になった彼は直面しており,それらが創作意欲・力の減退をもたらしたと言うのだ。しかし,果たしてこの「停滞期」は,本当にFaulknerの筆力が衰えた時期であったのか。彼の作家生命は尽きかけていたのか。

私の考えでは,筆の歩みの遅滞や技法の潜みは,創作意欲の喪失や創意工夫の欠如として短絡的に解されるべきではない。Faulkner文学総体を理解するためには,むしろ,Faulkner作品の勢力図を支える根拠となり,Absalom, Absalom! に最高得点を付けるような作品評価の基準でもって多作な彼の全作品を判断しようとする批評態度自体を問い直す必要がある。彼の筆が進まなかったのは,勢い任せにではなく慎重に書き進めたからであり,技法の工夫が目立たないのは,実験をやめてしまったのではなく目立たないような工夫を仕組んでいるからだと考えることも出来るのだ。

本発表は,Faulkner文学の総合的理解を助けるために,晩年に至るまでの彼の作家としての歩みを文学の教科書を鵜呑みにすることなく丁寧に跡づける作業の一環である。「主要期」の傑作 Absalom, Absalom! と10年以上の歳月を費やして書かれた,新しい技法の目立たない「停滞期」代表作A Fable を主たる対象としつつ,特に技法の変遷 - 語り方の変化・語り手たちの多様な特異性 - に焦点を当てる。モダニズムの洗礼を受けたFaulknerは自身の物語の語り方に常に自覚的であったし,彼の作品の良し悪しを決める基準が大なり少なり技法のきらびやかさに左右されていると思えるからだ。ただし技法という作品の一側面のみを作品そのものと切り離して強調するのではなく,個別の作品においてFaulknerがそのような語り方を必要としたのはなぜか,作家と作品の距離を視野に入れて検討していきたい。