大井 浩二
戦争は一般に男性のための領域と考えられているが、しばしば最初の “total war” と定義される南北戦争の場合、非戦闘員であるはずの南部女性も、否応なしに悲劇的な状況に巻き込まれることになった。ドメスティック・イデオロギーの支配するアメリカで、家庭という私的な領域に閉じこもっていた白人女性たちにとって、南北戦争という公的な男性世界の出来事は、一体どのような意味を持っていたのか。さまざまの形での戦争体験は、彼女たちの保護された日常生活にどのような影を落とすことになったのか。
こうした疑問に対する答えは、たとえば戦時下の南部で暮らす女性によって書かれた手紙や日記、男装の兵士として実戦を経験した女性の回想などに求めることができるが、この発表では、ベストセラー作家Augusta Evans(1835‐1909)の長編小説 Macaria (1864)を取り上げ、南部女性作家は南北戦争と南部女性との関係をどのように見ていたか、という問題を考えてみたい。
大衆作家Augusta Evans の名前は広く知られているとは言い難いが、1859年出版のBeulah と1866年出版のSt. Elmo はともにベストセラーとなり、とりわけ後者はUncle Tom’s Cabin に匹敵する部数を売り上げたと言われている。戦争末期に出版されたMacariaもまた、南部でベストセラーになっただけでなく、ひそかに持ち込まれた北部で印刷されて、センセーションを巻き起こし、数多くの読者を獲得した。ある北軍の将軍は、南部連邦の主義主張を宣伝するプロパガンダ小説であるという理由で、部下の兵士たちがMacariaを読むのを禁止した、というエピソードさえ残っている。
この小説は二人の若い女性を巡って展開する。美貌と財産に恵まれていながら、孤独地獄をさ迷っている南部令嬢 Irene Huntingdon。Irene の親友で、貧しい孤児としての運命に耐えている、画家志望の少女Electra Gray。この二人はまったく対照的な生活環境に置かれているが、それぞれに強烈な個性の持ち主であって、自己実現という目的のために父権的なアメリカ/南部社会の束縛から自由になることを願っている。Irene は高圧的な父親と父親が決めた婚約者に反発して、慈善事業や天文学の研究に喜びを見出し、Electra は恩師の画家との結婚を拒絶し、彼の死後はフランスに渡って絵画の勉強を続ける。やがて勃発した南北戦争を目撃する二人の主人公が、結婚しない女性としての生き方を最終的に選び取るMacaria の結末には、南部の独立を勝ち取るための戦いは、同時にまた、南部女性が男性の支配を脱して、精神の自立を獲得するための戦いであった、というEvansのメッセージが込められている。戦争という男性にとっての破壊的な事件が女性にとっては建設的な意味を持っていた、というアイロニカルな状況設定に注目したい。