中野 京子 久留米大学(非)
Alice Walker (1944- )の前期の作品では、20世紀以降のアメリカ南部を中心とした黒人女性の抑圧と自立に焦点があてられており、The Color Purple(1982) はその集大成となっている。しかし、その7年後に出版されたThe Temple of My Familiar (1989) におけるテーマ、語り、時代や舞台の設定は、以前の作品と比較するとかなり異なった様相をみせている。歴史的には現代を中心に、時代を超越した物語もちりばめられ、地理的には多くの人種が居住し、多文化社会を象徴するアメリカ、サンフランシスコを基軸に、広くヨーロッパ、アフリカ、及び南米までその舞台を広げている。時代と場所が複雑に交錯しながらも一挙に広がってゆくThe Temple of My Familiar は、雑多な人種が紡ぎだす多彩で壮大な物語となっている。
発表では、The Temple of My Familiar に描出される多民族性の特徴を分析すると同時に、多民族、および多文化社会となった現代アメリカが抱く問題を考察する。まず、さまざまなエスニックの背景をもつ登場人物たちをとおして、多文化社会の象徴であるhybridityの描かれ方に焦点をあてる。かれらが、身体的、文化的多様性を受容してゆく際に生じる軋轢や、一枚岩にみられる人種内に存在する差異を明らかにする。同時に、多民族主義がもたらす、文化的、社会的豊かさへの視点を見出す。具体的には、西欧的側面とNative Americanの特徴を併せもつElvis Presleyがアメリカの芸能界で大成功を収める点をはじめ、Presleyが映し出すhybridityの諸相をコロニアルな見地からも検証する。また、アフリカの黒人とアメリカの黒人との間に横たわる文化的アイデンティティの差異を、奴隷制という歴史の過去と現在に残る痕跡を見つめなおし、また独立後のアフリカの政府の支配構造を批判的に分析することで明らかにする。
また、The Temple of My Familiar における “art” のもつ役割を多文化社会のもうひとつの象徴として捉え、西欧中心のartへの批判、周縁化されてきた民族のエンパワーメントといった側面から読み解くとともに、これらの役割がWalkerの描く多文化社会にどういった積極的意味をもつのかを検証する。さらに、新しく提示される “art” の解釈を試みる。これまでのWalkerの作品においても “art” は重要な役割を占めてきたが、この3番目の解釈がこの作品において初めて可能になる理由を、黒人女性の地位の向上を中心とした歴史的背景のなかで考えたい。さらに、多民族社会におけるhybridな社会や “art” の意味をとおして、この作品におけるWalkerの立脚点を、多文化、多民族的社会に対する彼女の視野とともに明らかにする。