稲垣 伸一 実践女子大学
Nathaniel HawthorneのThe House of the Seven Gables (1851,以下HSGと略記)は,主要登場人物が新たな共同生活を始めるところで終わる。登場人物たちの幸福を予感させるこの結末が訪れることに関して唐突感は否めず,このことによりHSG はThe Scarlet Letter (1850)やThe Blithedale Romance (1852)とはかなり違った印象を与える作品になっている。その幸福な結末をもたらすものはPhoebeとHolgraveの結婚であり,Judge Pynchonの突然死により相続される遺産である。つまりHSGにおける幸福な結末は結婚と財産の相続によってもたらされることになる。
この結婚と財産という問題は,1840,50年代のアメリカにおいてフリー・ラヴ思想のなかで論議され,フリー・ラヴはしばしばユートピア思想と結びつく。例えば,Hawthorneが1841年に半年ほど参加したBrook Farmは,1844年フランスのユートピア思想家Charles Fourierの思想を採用して,コミュニティーの方向転換を図る。フーリエ主義はフリー・ラヴ思想を内包し,また共同資本により運営されるコミュニティー内で私有財産を認めるかどうかの問題もアメリカのフーリエ主義者にとっては大きな問題だった。フリー・ラヴと関連して1850年代には結婚制度に関する論争がHenry James, Sr., Horace Greeley, Stephen Pearl Andrewsの間で起こった。三人のなかで特に既存の結婚制度に異議を唱えたAndrewsは1870年代まで活躍したフリー・ラヴ論者にしてユートピア的コミュニティーにも深く関わった人物である。一方,1848年Seneca Fallsで開かれた世界初といわれる女性権利大会で,参加者の関心は女性参政権よりもむしろ女性の財産権の問題にあったという指摘もある。この大会で中心的役割を果たしたElizabeth Cady StantonはBrook Farmに滞在した経験を持ち,後に女性の財産権と共に結婚制度に関する問題が女性参政権獲得のための中心的問題であると主張する。そして他の女性運動家たちはStantonの主張がフリー・ラヴ思想を推奨するものと考えられることを恐れた。
HSGにおいてHolgraveはフーリエ主義のコミュニティーに滞在した経験を持ち,急進的社会改革思想家たちと交際するいわばコミュニタリアン・ネットワーク内に身を置く人物と設定されている。したがって,彼の革新的思想からフリー・ラヴを連想することは,19世紀半ばに流行したユートピア思想とその実践という文脈で考える限りそう無理なこととは思えない。本発表では,急進的思想を持つHolgraveがPhoebeと結ばれ既存の中産階級的結婚制度の中に収まり,かつ相続した遺産により登場人物たちが幸福な共同生活を始めるという結末を持つこの作品について,1840,50年代盛んに論議されたフリー・ラヴと結婚制度・財産の問題の中でどのような解釈が可能であるか考察していきたい。