金沢大学 結城 正美
旅行記をはじめとするトウェインの作品には食の描写が少なくない。なかでも,A Tramp Abroad (1880)において,ヨーロッパ旅行で現地の食事に辟易したトウェインが作った70余に及ぶ食べたい物のリスト——ラディッシュ,カキフライ,アメリカンコーヒー・本物のクリーム付き,アメリカンバター,フライドチキン南部風,ボストンベーコン&ビーンズ,シェラネヴァダのカワマス,ミシシッピのブラックバス,アメリカンローストビーフ,レタス,サヤインゲン,アップルパイ等々——は,食におけるアメリカの独立宣言と目されるほどよく知られたものである。現代アメリカ文学の源と絶賛された作品の書き手として名高いトウェインは,食の分野においてもアメリカンアイデンティティの構築に深く関与しているのであろうか。そのような食とアメリカ性をめぐる問題も含めて,本報告ではトウェインの描く食の風景をエコクリティシズムの見地から検討する。
食というテーマは,食べ物や食べるという行為がもつ文化的象徴,生態学的役割,コミュニケーション機能といった多様な問題群へのアプローチを要するものである。トウェインの作品には,風景描写に食が介在する場面が散見されるが,そこに書き手の,そして当時のアメリカ社会のどのような環境観が読み取れるのだろうか。Roughing It (1872)において,だいたいはグレートベイスンの荒野の単調さに悪態をつく語り手が,「グレートソルトレイクシティ」近辺に広がる山と谷のパノラマをハムと卵を食べながら眺める場面に幸福感を描き込んでいるのはどうしてなのか。風景を見る主体の形成にハムと卵はどのように関わるのであろうか。また,この旅行記が出版された同年に,大自然アメリカを象徴する国立公園の第一号がイエローストーン峡谷に設けられたが,西部をめぐるトウェインの食/風景描写と当時の環境言説やナショナルアイデンティティとの関連はいかなるものなのか。たとえばそのような問題を糸口として,トウェインの描く食の風景を多角的に検討し,トウェイン作品とアメリカ環境言説との関連に迫りたい。