谷林眞理子 川村学園女子大学
Top Dog / Under Dog により,2001年にアフリカ系アメリカ人女性劇作家初のピュリッツアー賞を受賞したSuzan-Lori Parksは,歴史上の人物を題材にし,作品を通じて黒人の歴史を「掘り起こし」,ジャズ演奏にならってひとつのモチーフを「反復・修正」し,作品を作り上げてきた。1989年初演,そのシーズンのオービー賞を受賞したImperceptible Mutabilities in the Third Kingdom では,記号と象徴を反復させながら,アメリカにおける黒人の歴史を多面的に描いている。1994年初演のThe America Play では「歴史の偉大な穴」というテーマパークのレプリカであるパーク内で,リンカーン大統領にそっくりの黒人男性が大統領暗殺ショーに出演し,客に撃たれて暗殺場面を再現する。1996年初演,2度目のオービー賞を受賞したVenus は,19世紀初頭に臀部の突き出たその身体的特徴から,イギリスで有名になったVenue Hottentottを主人公に,彼女が見世物小屋のスターから医師の愛人となってフランスにパリにわたり,死後その身体がホルマリン漬けになって展示されたことが語られる。そしてNathaniel Hawthorne作The Scarlet Letter の‘riff’(ジャズの反復即興演奏)のような作品として書かれたのが,二人の黒人女性Hesterを主人公としたIn the Blood とFucking A である。前者は生活保護を受けながら父親の違う5人の子供を育てるHester, La Negritaが,後者は,闇の堕胎を生業とし,その職業‘Abortionist’を表すAの焼印を胸に押されたHester Smithが主人公である。いずれも母親による子殺しという血にまみれた結末のこの2作品は,出版されたときに“The Red Letter Plays”(「赤い文字の劇」)というタイトルがつけられた。
In the Blood のプロローグでは,原作の‘The Market Place’を想起させるように登場人物たちが赤ん坊を抱えたHesterを囲み,彼らのコーラスによって観客はHesterの生い立ちを知る。またFucking A のHesterの住居には,堕胎という汚穢の浄化を行うかのようにろうそくのともされた祭壇がおかれている。19のシーンからなるこの作品には「働く女の歌」や「わたしの復讐」のような歌が挿入され,女性同士の性的会話や性的言及はTALKというドイツ語に似た外国語が使われ,その英訳が字幕に映しだされる。
学生時代にJames Baldwinに師事し,Samuel Beckett, Gertrude Stein, William Faulknerなどのモダニズムの作家から影響を受けたというParksは,60年代に父親の仕事の関係で学齢期をドイツで過ごし,直接的な人種差別体験を持たない。彼女が過ごしたドイツの町では10年ごとに宗教的なページェントが行われたというが,Parksはインタビューで,自分の劇は共同体に呼び掛けてページェントを催すようなことだと語っている。2006年から7年にかけて全米各地で上演された365 Days/365 Plays は彼女の作品の集大成である。Parksは瞑想・儀礼として毎日一作ずつ劇を書き,彼女の個人的な行為がインターネットを通じて集団的行為に変換するというまさに教会のような機能を果たしたという。
本発表では,“The Red Letter Plays”2作の分析を通じて,Parksが別の作品についても言及しているように,これらの作品がコロニアリズムでもフェミニズムでもなく,共同体の祝祭と同時に汚穢の浄化のためのページェントとしてアメリカ古典の書き直しに成功したことについて考察する。