アフリカン・アメリカン文学・文化の新潮流——ポスト・ソウル美学
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1980年代の終わり頃から,21世紀初頭にかけて,アフリカン・アメリカンの文学と文化に,ポスト・ソウル・エステティック(Post-Soul Aesthetic)と呼ばれる大きな文化変容の波が興っている。ポスト・ソウルのソウルとは,1960年代を頂点とする黒人音楽のソウル・ミュージックのことである。ポスト・ソウル・エステティック(美学)とは,このソウルの時代,すなわち,この公民権運動にちょうど重なる時代以降に生まれた,ある一定の共通した特徴を持っている作家・芸術家たちの文学・芸術活動のことである。新アメリカ大統領バラク・オバマもその意味でポスト・ソウルの世代であるが,政治も新しい時代に入ったのと同じように,アフリカン・アメリカンの文学と文化も新しい時代に入った。
アフリカン・アメリカンの文学と文化は,20世紀初めに大農場を舞台にした文学伝統を展開し,1920年代から1940年代にハーレム・ルネッサンス,1940年以降1960年代までは,社会抗議派の文学,1970年代には,黒人芸術運動(ブラック・アーツ・ムーヴメント),1970年代後半から1980年代には黒人女性作家の台頭,そして,1980年代の終わり頃からポスト・ソウル美学と呼ばれる大きな波が興ってきた。
雑誌『アフリカン・アメリカン・レヴュー』(2007年冬号),日本の『水声通信』29号(平成21年3月/4月号),黒人研究の会会誌『黒人研究』79号(2010年3月)で,ポスト・ソウル美学の特徴と,その作家・芸術家たちを黒人文化の新潮流として紹介している。本ワークショップでは,各発表者がそれぞれ次のようにポスト・ソウル美学の個々の作家たちを紹介する。
木内徹が,まず初めに,最新のアフリカン・アメリカン文学・文化の潮流としての,ポスト・ソウル美学の概略を説明する。
森あおいが,ポスト・ソウル世代を代表する作家,ジャーナリストであるコルソン・ホワイトヘッド(Colson Whitehead)を取り上げる。ホワイトヘッドは,1969年にニューヨークで生まれ,白人が圧倒的多数を占めるプレップスクールで学び,ハーバード大学を卒業した。本ワークショップでは,ポスト・ソウル世代が目の当たりにするポストレイシャル時代の人種と個人の関係について,ホワイトヘッドの半自伝的小説と言われる『サグ・ハーバー』(2009)を中心に,彼のエッセイ等も参照しながら考えていくことにする。
西本あづさが,ポスト・ソウル世代の芸術家が,黒人というレッテルに反抗し,人種的な制限から解放された表現に挑みつつ,同時に,公民権運動後の合衆国でより曖昧かつ複雑になった自らの黒人性を執拗に探求する姿勢に注目する。今回の発表では,同世代のマニフェストとも言うべきトレイ・エリス(Trey Ellis)のエッセー「新黒人の美学」(1989)と第一作『陳腐な言葉』(1988)を中心に,80年代を生きる文化的混血児の雑種的で流動的なアイデンティティについて分析する。
三石庸子が,コミック作家のアーロン・マッグルーダー(Aaron MacGruder)を取り上げる。黒人少年たちを主人公とする『ブーンドックス』は全米350の新聞に連載され,またアニメ化されテレビ放映された。「レイス・マン」を自認するマッグルーダーは一世代前の黒人芸術運動の継承者といえるが,当時にはありえなかった痛烈な黒人社会批判で知られる。ヒップホップ世代でもあり,ヒップホップが黒人文化から主流社会へクロスオーバーして発展していった背景とも合わせて,新時代の潮流を考察する。
中地幸が,最後に論じるのは,シルエット・アーティストのキャラ・ウォーカー(Kara Walker)の芸術作品に見られるポスト・ソウルの視点と美学である。人種差別主義者のフェティッシュな欲望をあざ笑うウォーカーの作品はソウル世代によってネガティヴなアフリカ系アメリカ人のイメージを流布させる極めて危険なものと批判された。中地はウォーカーの提示する黒の空白に,欲望の隠蔽とすり替えの緊張関係を読み,奴隷制という歴史的テーマに対するポスト・ソウル世代の芸術家の立ち位置について考察する。