佐伯 惠子 県立広島大学
Finishing the Picture (2004)はArthur Miller (1915-2005)最後の劇である。Millerが妻Marilyn Monroe (1926-62)のために書いた最後の映画The Misfits (1961)の制作終盤の出来事を描いている。往年の傑作The Death of a Salesman (1949)やThe Crucible (1953)とは比べるべくもない作品であり、劇評も絶賛とは程遠い。しかし、映画制作の裏側や睡眠薬漬けになったMonroeの様子や映画完成直後に決裂したMillerとの関係などが描かれた劇ということで、大衆やメディアの注目を浴びた。事実、本作品には、Monroeを始めとしてThe Misfitsの関係者を想起させる人物が軒並み登場する。自伝Timebends (1988)の再現とも思えるエピソードも多々見られる。Monroeの死後早い時期に書かれたAfter the Fall (1964)と合わせて、Millerは実人生との関連を否定しているが、それを鵜呑みにはできないほどに重なり合う部分が多い。
しかし、パーソナルな色合いの濃い作品であるということを別にして、Finishing the Pictureeを、その前のResurrection Blues (2002) と合わせて読むと、Miller晩年の作品としての共通点が浮かび上がってくる。Resurrection Bluesは、中南米の架空の国を舞台とし、政治色が極めて強く、毒のある諷刺と笑いを含んだ社会派の作品である。一方、Finishing the Pictureは、上述のように極めて自伝的個人的で、狭い世界を凝縮した内容をもつ。一見すると、舞台設定もテーマも劇の雰囲気も大きく異なるが、両作品には次のような共通点が見られるのである。
85歳を過ぎてなおMillerは、作品に新しい手法を取り入れ、社会派作家として、また、ひとりの個人として言うべきこと、言いたいことを確かに言い切った。そのことを明らかにしつつ、対をなすとも言える最後の2作品の中に劇作家Millerの晩年の特徴をたどることが本発表の主目的である。上記3つの観点から、Resurrection Bluesと比較しながら、Finishing the Pictureを中心に分析してゆく。