1. 全国大会
  2. 第50回 全国大会
  3. <第1日> 10月8日(土)
  4. 第8室(D401教室)
  5. 3.HeinleinのBetween Planetsにおける帝国と多国籍企業の戦い

3.HeinleinのBetween Planetsにおける帝国と多国籍企業の戦い

島  克也 広島大学(非常勤)

 

Robert Heinlein(1907-1988)が1951年に出版した青少年向けSF小説Between Planetsは、主人公Donaldが、圧政を敷く帝国とその植民地の間で勃発した独立戦争に巻き込まれてゆく様子を描く物語である。Heinleinが帝国と植民地の対立関係を長編小説で描くのは、Red Planet (1949)に続いて二度目であり、植民地の独立が達成される過程で主人公が精神的成長を遂げるという物語構造も反復されている。そのため、Between Planetsに対する批評は、Red Planetに対する批評と同様に、その教養小説的側面を論じているものが多い。

しかしBetween PlanetsがRed Planetと異なるのは、その独立戦争に多国籍企業が介入していることである。この小説には、帝国の交通インフラを独占する“Interplanet Lines”、大手通信会社AT&Tを連想させる“IT&T”、さらには“COCA-COLA”という実在の企業が登場している。これらの多国籍企業は、交通・情報インフラを整備することによって帝国の根幹を担い、その退廃的な消費文化に彩りを加えているが、植民地人による独立運動に対しても、秘密裏に経済的・技術的な援助を行っている。しかしその援助は、植民地が掲げる政治姿勢への賛同によってなされているのではなく、一定の距離を保ってなされている。つまりこれらの多国籍企業は、帝国と植民地に対して意図的に不明瞭な態度を示すことによって、両者から敵視されることを防止すると同時に、その対立関係を継続するために必要とされる援助を与えることによって、その紛争をコントロールしようとしていると解釈することが可能であろう。

そこで本論では、1950年代から60年代にかけて多国籍化したアメリカの大企業が、世界各国に様々な影響を与えたことを考慮に入れ、この小説を、帝国と植民地の戦いの中で成長する少年の姿を描く教養小説としてではなく、帝国と多国籍企業の覇権争いを描く小説として読むことを試みる。考察を進める上で特に注目したいのは、帝国が構築するネットワークと、多国籍企業が構築するネットワークの構造的差異である。帝国が構築するネットワークを同心円状・階層的なネットワークと捉え、多国籍企業が構築するネットワークを中心点のないウェブ状のネットワークと捉えた場合、両者は「規制」に正反対の影響を受けることがわかる。二種類のネットワークが繰り広げる、「規制」を巡る闘争をこの小説に見出したい。