吉岡 由佳 神戸大学(院)
1971年にアジア系として初めて大手出版社から出された詩集Before the Warを生みだした日系三世詩人Lawson Inadaは、朗読パフォーマンスを好んで取り入れた詩人でもある。Inadaら三人のアジア系詩人による詩集The Buddha Bandits Down Highway 99 (1978)は、アジア系ミュージシャンと共に1977年にカリフォルニア州立大学で行われた朗読パフォーマンスを基に編集されている。本詩集は、3つに分けられたセクションをGarret Hongo、Alan Chong Lau、Inadaの順で担当し、それぞれの故郷であるGardena、Paradise、Fresnoを結ぶHighway 99を走る旅を描いた作品である。また、この詩集に収録された作品にはジャズの形式が度々取り込まれ、詩行のリズムを統制している。人種差別によって沈黙させられたアジア系のアイデンティティへの違和感に対して、ジャズや話し言葉のリズムを起爆剤に詠いあげるInadaの詩作は、ビート詩における音楽的要素やカタログ的手法からの影響が指摘できるだけでなく、社会規範に束縛されていた感性を解放するビート詩の特徴も受け継いでいる。
さらに本詩集は、ビート詩人Gary Snyderのボリンゲン賞受賞作品Mountains and Rivers Without End (1996)に収録された長詩“Night Highway 99”の詩形と主題の両面において共通点が多い。SnyderもInadaらと同様にHighway 99をドライブしながら、風景や出会った人々を描写している。全く異なるバックグラウンドを持ちながら、同時代に活躍したSnyderとInadaが、Highway 99にアイデンティティ模索の場を求めたことは注目すべき点である。また、ハイウェイでの移動において、人々はアメリカ文化の影響を絶えず受け、出発地と目的地を繋いだり、切り離したり、それぞれの要素を保持したりしながらアイデンティティを変容させる。その過程は、移民の海を越えた越境の縮図とも重ね合わせることができる。アメリカの日常生活に不可欠なハイウェイの象徴的意義を考察することは、アメリカにおける移動とアイデンティティの関係性を明らかにする手がかりになる。
そこで本発表では、まずビート詩人とInadaらアジア系詩人との影響関係を明確にする。その上で、Inadaらが、Highway 99を「川」(“river”)に喩えている点を考慮にいれながら、Snyderの“Night Highway 99”とInadaらのThe Buddha Bandits Down Highway 99におけるハイウェイの表象の比較分析を試みる。そして、ハイウェイとアイデンティティの関係性を詳細に検討することで、ビート詩の踏襲にとどまらず、アジア系アメリカ人としての流動的なアイデンティティを構築するアジア系詩人らの詩作における独自性を明確にしたい。