1. 全国大会
  2. 第50回 全国大会
  3. <第1日> 10月8日(土)
  4. 第3室(A306教室)
  5. 4.大いなる罠に捕らわれて——「夢」から覚めることのないClaude Wheelerの人生の意味

4.大いなる罠に捕らわれて——「夢」から覚めることのないClaude Wheelerの人生の意味

志水 智子 九州産業大学

 

Willa Catherのピューリッツァー賞受賞作One of Ours (1922)の中で、主人公Claude Wheelerは、ネブラスカの経済的に安定した農場で育った素朴で感じやすい青年として登場する。西部開拓時代終焉後のアメリカ社会において、Claudeは、兄Baylissが体現するような物質主義と機械文明が支配する日常を嫌う。また父は彼に農場を継がせるが、農場を所有することはClaudeにとっては土地に縛りつけられ、絶望的な日常に捕らわれることでしかなく、幸福をもたらしてはくれない。妻Enidとの結婚にも失望したClaudeは、現在の生活という停滞状態に捕らわれ縛られることを嫌い、そこからの逃避願望と強い生きがいや理想を求めるという上昇志向に常に駆られるが、何の具体的な目的も持たない。このように一つの狭い価値観や生き方に捕らわれることを避け、具体性のない理想を求めるClaudeの姿は、Catherが影響を受けた作家Henry Jamesの代表作The Portrait of a Lady (1881)のヒロインIsabelが結婚前に漠然とした理想を追求する様子を彷彿とさせる。Isabelは早々と一つの結婚に捕らわれることを避け、自由により広い世界を見聞しその上で身を捧げる価値のある使命を見出したいと考えたが、結果的には財産目当ての結婚相手に「捕らわれて」しまったことに気付き、娘時代の漠然とした「夢」から覚めることになる。ところが第一次世界大戦に参加し、祖国や仲間のために命をかけて戦うことに生き甲斐と美学を見出したClaudeは、その絶頂で戦死することで「夢」から覚めることなく生涯を終える。このようにClaudeが「夢」から覚めないことは、はたして彼にとって救いなのか、それとも彼が把握できない程の罠に完全にからめとられたということを意味しているのだろうか。そこで本発表では、戦争に生き甲斐と希望を感じるという「夢」から覚めることのないClaudeの人生の意味について考察していきたい。

Merill Maguire SkaggsはClaudeについて “he has been easily manipulated, is not a thinker.”と評し、彼が運命や偶然に翻弄されその罠にとらえられやすい人物であることを示唆する。また作者Catherが第一次世界大戦にアメリカが参戦することの意義に懐疑的であったことからも、作品中のClaudeの戦争賛美や陶酔ぶりは、ややアイロニカルな含みを持たせて描かれていると考えられる。澄み切った信念を持って死んだClaudeとは反対に、戦後のアメリカは邪悪さが幅を利かせる社会として描かれ、戦場から生還したアメリカの若者が幻滅し自殺することからも、Claudeを魅了した戦争の意義は国家的レベルの大きな幻想であり罠であったと考えられるのである。自分にとって最も魅力的な生き方を全うし、「夢」から覚めることのなかったClaudeの運命は、彼にとっては親切であるが、彼の人生によって、戦争という幻想に夢を託すことにしか希望を見出せないアメリカの限界も描かれる。CatherはClaudeがより大きな人生の罠にからめとられていく様子を描くことで、彼女自身に、さらには同時代のアメリカ人に運命的にのしかかる閉塞感を示唆しているのではないかという解釈を示していきたい。