加藤 良浩 北里大学(非常勤)
Katherine Anne Porterの“Flowering Judas”(1930)は、1920年代初頭の革命の地メキシコを舞台として、主人公Lauraの裏切りと苦悩を描いた短編だが、いくつかのイメージを含んだ場面描写がなされていることや、主人公の曖昧で矛盾するかのような言動が様々な解釈を引き起こすことが原因して、Porterの短編の中で最も批評家の注目を集めてきた作品と言えるだろう。
指導者Braggioniの下で革命運動に参加するLauraは、夢の中で、彼女が運んだ睡眠薬を多量に飲み自殺したEugenioから、ユダの木から取った血のしたたる花を食べるように促される。彼の指示に従い彼女がそれをむさぼるように食べたとき、Eugenioは“Murderer! Cannibal! This is my body and blood.”と叫ぶ。Lauraは“No!”と応じるが、その自分の声で目をさました彼女は、再び眠ることに恐れを感じるのである。この主人公Lauraの苦悩は、何によってもたらされるのだろうか。本発表では、テーマが集約的に表現されている観がある、この結末の場面におけるLauraの苦悩の原因を探ることにしたい。
これまで、Ray Westをはじめとした多くの批評家によって指摘されてきたように、“Flowering Judas”は、Lauraが信仰するカトリックへの裏切りと彼女が現実に関わる革命への裏切り、すなわち両者に対する愛の欠如が作品の重要なテーマとなっていることは疑いない。またUnrueが述べているように、信仰と革命という、いわば相反する価値をもつこれら二つの事柄が彼女の気持ちを揺さぶり、彼女の苦悩をもたらす原因となっているとも言えよう。
しかし、私がより着目したいことは、Lauraが冷酷で残忍な性質をもつBraggioniから逃げようとする際に、時間を意識した表現がなされていることに加えて、明日という日を連想する彼女の心の状態が、たえず不安や怖れを伴っていることである。このことは、時が経てばいずれBraggioniにより性的に支配されてしまうという彼女の現実レベルの危機意識を反映しているようにも思われる。それだけではない。Braggioniはギターを弾きながら時の流れが人間に及ぼす影響についてLauraに語りかけているが、その言葉を聞く彼女が、幼児に受けたカトリックの訓育の影響を一つとして免れてはいないことに加えて、革命という一種非常かつ非持続的で、裏切りに満ちた状況に置かれていることを考慮した場合、時の流れそのものに対して恐れを抱く彼女の心境が明らかになるのではないか。そして、急変に満ち、陰謀と策略に満ちたその革命という状況のもと、少なからず好意を寄せるEugenioを裏切り彼への愛を否定したとLauraが無意識ながら感じているかぎり、夢の中で彼女が苦悩するのも、Eugenioに抱く自責の念と、時の流れに対して恐れを抱かざるをえない自らの気持ちがそのときLauraの意識に融合され、彼女を精神的に追い込むからではないか。