福田 敬子 青山学院大学
Little Women (1868)には不思議なシーンがある。メグが裕福な友人アニー・モファットの家に泊まりがけで遊びに行ったときのことである。きれいに着飾り、ちやほやされていい気になっていたメグは、ローリーにその姿を見られて恥ずかしいと思い、「今日のことは自分でお母さんに報告するから、あなたは何も言わないでね」と言う。しかし、その舌の根も乾かないうちに、メグはシャンペンを飲み始める。彼女はまだ16歳。当然未成年である。
家に戻ったメグは、ローリーとの約束通りに母親に自分が取った馬鹿げた行動を報告する。しかし、母親は、メグがシャンペンを飲んだことはまったくとがめない。ここで問題になるのはメグが酒を飲んだことではなく、世間が「マーチ夫人が娘を金持ちと結婚させようともくろんでいる」とうわさをしていることの方なのだ。
飲酒が推奨されているシーンもある。従軍牧師として戦地に赴いていたマーチ氏が倒れたという電報がきたとき、夫人は、ローレンス家から古いワインを2本もらってくるようにベスに命じる。また、ベスが危篤になって悲しみに暮れるジョーに対し、16歳のローリーはジョーにワインを渡すのだが、15歳のジョーは躊躇なくそれを飲んで「元気」になっている。このように、Little Women では飲酒は未成年にさえ許容されている。
Alcottが匿名で書いていた煽情小説のひとつ、Behind a Mask (1866)でも、飲酒は必ずしも否定的には捉えられていない。ワインで酔ったジーンは、うっかり自分が女優であった過去を話してしまい、世間体を気にする上流階級の男性との結婚に失敗する。しかし同時に、酒は「力と勇気」を与えるものとしても描かれており、ジーンは見事に玉の輿に乗る。
酒を飲んで気合いを入れるジーンの姿は、Alcott自身とも重なる。Alcottは、南北戦争中に従軍看護婦として働いていた間に腸チフスに感染し、その後はずっと体調不良に悩まされていた。舌は腫れ上がり、神経痛、頭痛、めまいに苦しんでいたAlcottが、「元気」になるための飲酒を肯定していたとしても不思議ではないからだ。
しかし、Little Women の成功で有名になると、Alcottの飲酒の描き方に大きな変化が起こる。続編Good Wives (1868)では、マーチ氏は「お酒は病気の時にしか使うものではない」と言い、マーチ夫人も「家では若い人に酒をすすめるのはやめよう」と言う。そして、メグもまた、自分の婚礼の席で、「ワインは水と同じ」という環境で育ったローリーに禁酒の約束をさせるのだ。さらにLittle Men (1870)では、ジョーとプラムフィールドで学校を運営するベアが「酒とばくちと悪態」が大嫌いなことが明記され、Rose in Bloom (1876)では、ローズのいとこチャーリーが、飲酒のせいで命を落とす展開になっている。こうして、Little Women の後は、飲酒は明らかに「悪」として描かれるようになっていくのである。
禁酒運動家としても知られるAlcott自身は、ときおり酒をたしなみ、麻薬や睡眠導入剤にも手を出していた。自分が必要としたものを、作品の中ではなぜ否定しなければならなくなったのか。健康オタクだった彼女自身の事情と当時の健康改革運動、禁酒運動の側面から、彼女の「酒文学」の世界を検証していく。