三添 篤郎 東京外国語大学 (非常勤)
William Strunk Jr. と Elwyn Brooks White 共著の The Elements of Style (1959) は、20世紀半ば以降のアカデミック・ライティングにおいて、必読文献にその名を連ね続けてきたばかりでなく、文学研究の立場からも決して見過ごすことのできないテクストである。本書の原本は、著者のひとりコーネル大学英文科教授 Strunk が、 “Omit needless words” などの18の諸規則をシンプルに列挙し、1918年から英文科の学生を中心に配布していた冊子である。戦間期・大戦中は埋もれていたこのテクストは、57年に Strunk の教え子にして、もうひとりの著者 White によって発見され、2年間の編集・増補作業を通じて刊行されるに至った。以上の出版経緯は、 The Elements of Style に特化した初の研究書 Mark Garvey、 Stylized (2009) にも詳しい。本発表は、Garvey の評伝研究が問題視しておらず、また説明できていない、次の問いに挑む。なぜ The Elements of Style は1950年代合衆国において、改めて価値あるテクストとして発見されたのだろうか。
確かに、本マニュアルが大ブレイクした理由を、冷戦期における高等教育の状況から文脈化することは、それほど難しい作業ではない。1944年の GI 法、58年の国防教育法等で、合衆国の高等教育が拡充されるなかで、学術論文の執筆能力育成が、一般教育 (general education) を中心に、強く要請されるようになったからだ。パラグラフ・ライティングの書き方、規範文法の解説、ひいては執筆時の心構えを39個(現行版は43個)のルールで簡潔にまとめあげた本書は、反共主義時代における大学からの期待に時宜を得て適うものである。
しかし、アカデミック・ライティング制度史に The Elements of Style を定位するだけでは、本マニュアルの主要メッセージ「シンプルであれ」が、冷戦期に持ち得た意味作用を充分に解明できたことにはならない。このメッセージ性の意義を解明するには、 The Elements of Style を White が記した他のテクスト群と並置する必要性がある。 New Yorker の専属ライターとして生涯にわたって2190本のエッセイ等を執筆した White は、 “Academic Freedom” (1949) において、大学のキャンパスを「空気が綺麗」で、「言論の自由」が担保された、「民主主義の礼拝堂」と位置づけている。これと同じ筆致で1954年には “A Slight Sound at Evening” と題した Henry David Thoreau の Walden 論を執筆し、装飾のないシンプルな空間にこそ民主主義的な言論空間が生成される可能性を示唆した。この思想を実践するかのように、 The Elements of Style の編集作業に取りかかる直前まで、 White はメイン州ノース・ブルックリンの僻地を居住地として選び、ソローの生活を模倣すらしていたのである。 White にとって、アカデミック・フリーダムに裏打ちされたキャンパスの自立した言論空間と、ノース・ブルックリンの自閉した生活空間は等価であり、両者を支えた思想は民主主義である。 The Elements of Style 刊行前後における、文学領域を包摂するWhite の言論活動を再検討したとき、本テクストを単にアカデミック・ライティング領域のみに適応可能な、文体の書として受け止めることは到底不可能となる。本発表は以上の視座から、 The Elements of Style を、冷戦下において民主主義を実践するためのライフ・スタイル本として多面的に解釈し、そこに本書が戦後合衆国を席巻することを可能とした文化論理を見出す。