フェアバンクス(杉本)香織 文京学院大学
Hemingwayが『コリアーズ』誌の特派員として第二次世界大戦に「参戦」したのは1944年のことであった。大戦の経験は『コリアーズ』誌や『PM』紙に寄せた記事、また小説Across the River and into the TreesおよびIslands in the Streamで披露されている。
第二次大戦での体験をフィクション、ノンフィクション問わずこれだけ多くの媒体に書き残したHemingwayだが、彼の第二次大戦記はこれで終わった訳ではなかった。Islandsの執筆から5年余りが経った1956年の夏に突如、五つの短編(“A Room on the Garden Side”、“The Cross Roads”、“Indian Country and the White Army”、“The Monument”、“The Bubble Reputation”)を書き上げたのである。Hemingwayは Charles Scribner, Jr. に宛てた手紙の中で、これらの作品を「非正規軍や戦闘、殺戮者たちを扱っているので、少しショッキングだと思う」と表現、「出版するのであれば自分が死んだ後にして欲しい」とまで言った。Hemingwayのこの言葉、彼が大戦中に軍当局の取調べを受けた事実、さらにMen at War (1942) の序論で書いた「戦時中、作家がアメリカ合衆国に害を及ぼすという理由で真実を出版できないのなら、書いて出版してはならないのだ」との一節から、これらの短編に記事以上の戦慄すべき場面や国家を揺るがしかねない“何か”が潜んでいるのではという憶測が生まれても何ら不思議ではないだろう。Hemingwayが亡くなってなお “The Cross Roads” 以外の作品が出版されていないことも、その憶測を強固なものにしている。
しかし、発表者が「ヘミングウェイ・コレクション」に所蔵されている短編の原稿調査を行った結果、殺戮の場面を描いた「ショッキング」な物語はむしろすでに出版されている “The Cross Roads” だけで、それ以外の作品には直接的な戦闘シーンや殺戮場面が一切ないことが判明した。彼が短編で披露したのは、自身や非正規軍の仲間らが戦時下にいかなる場所で、どのような日常を送っていたか——これにほぼ尽きるのである。
では、Hemingwayがこれらの短編を執筆した意図は何だったのであろうか。彼がScribner, Jr. への書簡に綴ったように「書く訓練のため」という側面があったことは確かであろう。また短編の一つ“The Monument” というタイトルが示しているように、第二次大戦にひとつの区切りをつけたいという思いがあったのかもしれない。しかし第二次大戦の短編群をひとつの物語と見なし、Islandsの後、つまり50年代に執筆された他の死後出版作品との関連の中で捉えなおすと、単なる習作と片付けられない側面が浮かび上がってくる。第二次大戦の短編群は大半が未出版作品のため、これまでほとんど論じられることはなかったが、本発表ではHemingwayの第二次大戦の短編群の作品世界を明らかにするとともに、その執筆意図を探りたい。