小久保潤子 大妻女子大学
Nathaniel Hawthorneによって書かれたTanglewood Tales for Girls and Boys (1853)はA Wonder Book (1852)の続編とされている。そのため、ギリシア神話を子供向けに書き直した物語集として、両テクストの連続性や共通性のみが注目されがちである。しかし、A Wonder Bookが完成してからTanglewood Talesが出版されるまでの約1年の間に、Hawthorneは友人Franklin Pierceの大統領選キャンペーン用の自伝の執筆をはじめ、当時の政治的喧騒に深く巻き込まれていたという事実は看過できない。こうした経緯から、両テクストの間には何らかの断絶もまた起こっており、Tanglewood Talesの方がより政治性が色濃く反映されていると推定できる。本発表では、英雄ヘラクレスが共通して登場するA Wonder Bookの中の “The Three Golden Apples”とTanglewood Talesの中の“The Pygmies”を採り上げ、両者を照らし合わせることで浮上する19世紀アメリカにおける「他者/マイノリティ」の問題に焦点を当て、Hawthorneのテクストの政治的側面を垣間見たい。
“The Pygmies”は“The Three Golden Apples”の前日談という位置づけだが、両者は英雄ヘラクレスが巨人と争う、という点で共通性を持っている。しかし、 “The Three Golden Apples”では19世紀アメリカの白人男性のマスキュリニティが典型化された英雄ヘラクレスを主人公とし、その冒険を語るのが主眼とされているのに対し、“The Pygmies”では異形の巨人、及び彼の「弟」たちという設定でアメリカ先住民を想起させるピグミーたちが主人公として設定されている。つまり支配的白人にとっての「他者/マイノリティ」とみなせる巨人やピグミー側の物語が前景化されているのである。英雄ではなく「他者/マイノリティ」が主役の位置に置き換えられているという意味において、いわば、“The Pygmies”は“The Three Golden Apples”を反転させたプロットになっていると考えられる。“The Three Golden Apples”ではヘラクレスは「他者/マイノリティ」を征服する英雄として表象され、主体の位置を占めているのに対して、“The Pygmies”では巨人とピグミーの交流と友情の物語がクローズアップされ、ヘラクレスはそこに外部から侵入する「敵」、即ち巨人とピグミーにとっての「他者」に反転されている。
こうしたプロットの反転や「他者/マイノリティ」との境界の揺らぎは、アメリカの国家形成をめぐる支配的言説を解体する可能性を秘めているのではないか。本発表では “The Pygmies”において、英雄表象の相対化だけでなく「他者/マイノリティ」たちの物語へ光を当てるまなざしによって、白人中心の「アメリカ」という神話の相対化が行われていることについて検討したい。