1. 全国大会
  2. 第44回 全国大会
  3. <第1日> 10月15日(土)
  4. 第8室(7号館4階 D40教室)
  5. 3.「モラリスト」T. S. Eliotの劇場デビュー—— 野外劇 The Rock から見えてくるもの

3.「モラリスト」T. S. Eliotの劇場デビュー—— 野外劇 The Rock から見えてくるもの

佐伯 惠子 県立広島大学


The Rock (1934) はもともと教会建設の資金募集のために企画された野外劇だった。シナリオはすでに出来上がっており、T.S. Eliotが自由に書けたのは10篇のコーラスと第一部終幕の一場面にすぎなかった。後にEliotはコーラスのみを詩として自らの詩選集に加え、“Book of Words by T.S. Eliot”と題して出版されたThe Rock の序文の中で「自分はこの劇の作者とは言えない」と記している。Eliotが手がけたコーラス部分は上演直後比較的高い評価を受けたものの、その後、この劇が上演されることはなく、絶版になったテキストが読まれることも、彼の詩や詩劇との関連で論じられることもほとんどない。しかし、それにもかかわらず、この作品には当時のEliotの世界を色濃く反映した内容を含んでいるのである。

The Rock では、ソロモンの時代から現代に到るまで、ロンドンを中心とした教会建築をめぐる歴史を描いた過去の場面と、失業者の嘆きの声を背後に聞きながら、煽動者たちに邪魔されながら教会を建て続ける現代の労働者たちの場面が交互に描かれ、教会の土台を象徴する「岩」が要の教えを説き、コーラスが「神の教会の声として語る」。想定された観客も目的も主題も極めて宗教的ではあるが、そこに登場する人物は「労働者」、「共産主義者」、「ファシスト」、「金権政治家」などであり、描かれるのは現代ロンドンの「共同体」の情景である。そして、これらは同じ頃Eliotが行なった評論・講演に共通する重要なキーワードでもあるのだ。

Ash-Wednesday (1930) 執筆後、一時詩作が行き詰まりを見せ、詩劇の執筆はまだ時が熟さず、といったこの時期、Eliotが最も活発な執筆活動を行なった場が批評・評論だった。Eliot自身が創刊し、主筆となった文芸雑誌The Criterionや17年ぶりに帰郷したアメリカでの講演After Strange Gods, The Use of Poetry and the Use of Criticism などで盛んに発言するEliotは自らを「モラリスト」と定義し、その目線ははっきりと当時の実社会を捉えている。「共産主義」が宗教の代替物となり、「共同体」を奪ってしまっていると、Eliotはイギリスでもアメリカでも繰り返し警告し続ける。このようにしきりと社会に働きかけようとする姿勢が、図らずもこの時期に依頼された野外劇 The Rock の中で発揮されるのである。これを契機としてEliotは社会とのもうひとつの接点を劇場に見出してゆく。

本発表では、当時の社会に対して強い危機意識を持ち、現代人に懸命に働きかけようとする「モラリスト」としてのEliotの側面を、The Rock とその前後に書かれた評論の中に探ってみる。「共同体」をめぐるEliotの意識がThe Rock を挟んで微妙に変化していることに注目し、「個人」と「共同体」と「キリスト教」と「劇場」とがEliotの中で有機的につながり始める契機となるThe Rock の意義を考察する。