山本 祐子 神戸女子大学(非)
Adventures of Huckleberry Finn はアメリカを代表する国民的小説であり、自由を追い求める少年の物語とされてきたことから、男性側の視点に立った男性中心の解釈だけが論じられてきた。Huck Finn に登場する女性達は軽視され、女性側の観点が取り上げられることは稀であった。また Huck Finn では男女間の問題に触れられる個所はほとんどなく、性的要素に欠けているとまで言われてきた。しかしながら本文に散在する幾つものevidenceを拠り合わせJimとMiss Watsonの関係をgenderの視点から読みなおすと、彼らの力関係が奴隷と主人から、単なる男と女へと転じかねない危うい状況にあったことが浮き彫りとなってくるのだ。
確かにJimの人生はMiss Watsonと深く関わっていたが、彼らの間に何があったかについてはむしろ隠されている。例えばJimはMiss Watson の奴隷として登場するが、彼がどういう経緯でMiss Watsonのもとへ売られたのかは分かっていない。またMiss WatsonはなぜJimにつらく当たったのか、そしてJimはなぜ命の危険を犯してまでMiss Watsonのもとを逃げ出したのか、詳しい経緯は一切語られていない。しかもMiss WatsonがどうしてJimを自由にすると遺言状に残したのかは詳しく述べられていないものの、結局はそのおかげでJimは解放されることとなる。JimとMiss Watsonのこうした不可解な間柄には、genderの問題が深刻に関わっていた。
白人男性と黒人女性の性的関係については公然の秘密として受け入れられ、Pudd’nhead Wilson のように作品の題材にもなっている。しかし男奴隷と女主人の関係については、社会不安を引き起こしかねない危うい問題ゆえに、Mark Twainもあからさまに描き出すことを避けている。しかしながらJimとMiss Watson のごとき男奴隷と女主人の関係こそは南北戦争当時の代表的な主従関係であり、奴隷制崩壊をまじかに控え混乱する南部社会を象徴する関係でもあった。それゆえ本発表ではJimとMiss Watsonの関係をgenderの視点から再構築することで、これまで隠されてきた南部社会の実像を浮き彫りにできると考える。その中で、これまで少年の物語とされてきた Huck Finn におけるgenderの重要性を明らかにできるはずだ。