小泉 純一 日本福祉大学
将来21世紀前半のアメリカとその文学状況を振り返る際、9.11を含め、その中東戦略を抜きにして語ることはできないのではないだろうか。イラク攻撃開始直前には、アメリカ政府の政策に反対する作家の抗議行動や署名活動が活発化し、アラブ系アメリカ人作家に関する記事も新聞の紙面をにぎわせていた。作家たちの政治的発言に光が当てられた点では、ベトナム戦争以来のことだった。その中でも9.11の直後にパレスチナ系アメリカ人の詩人Naomi Shihab Nyeが発表し、ネットでも公開した書簡 “To Any Would-Be Terrorists” はこの作家の誠実さを示し、その考えや作家活動には今後のアメリカ詩の動向を見据える上で、注目すべき点が多いと私には思える。この書簡は、テロを肯定する同胞に対し同じパレスチナ人の立場から表明された反論なのだが、パレスチナ人以外の人々にテロに反対するパレスチナ人がいることを示すものでもあった。
アラブ系アメリカ人といっても一様ではない。Edward W. Saidのようにパレスチナに生まれアメリカに移住した者もいるが、Nyeの場合、父はパレスチナからの移民、母親はアメリカ人であり、生まれてから子ども時代をすごしたのはアメリカだから、文化や意識の面ではアメリカ人と変わらない。自分がパレスチナ人であることをNyeに自覚させたものは、十代の半ばにパレスチナに家族で移住し、そこで祖母の親族と出あった事が大きかった。特に祖母の体に染み込んだパレスチナ女性の文化や価値観は、生まれ育ったアメリカの価値観とバランスを取るものとなった。
9.11以前から、Nyeの作品にはパレスチナの影響や要素が見られたが、この事件は彼女の作品に質的な変化をもたらした。この前後の作品を比べると、詩の声という点でそれまでには見られなかった強さや自信のようなものが感じられる。本人の発言によれば、数年前に亡くなった祖母の声が夢で聞こえてきて、パレスチナの女性の立場から発言することの必要性を教えてくれたという。これを契機にNyeは祖母の価値観と自分のそれを一つにし、パレスチナ女性の共同体意識を今まで以上に持ち、その結果得た詩の声を“To Any Would-Be Terrorists”や詩集 You & Your (2005)に見られるその後の作品に読者は聞きとることができる、と考えていいのではないか。
上で述べたように、Nyeにとっての9.11の意味をパレスチナの祖母との関係で考察すると同時に、それが詩の語りの声にどのように影響を与えたのかを、その前後の作品の分析を通して明らかにし、これからのアメリカ詩の方向性を探るものである。