1. 全国大会
  2. 第45回 全国大会
  3. <第1日> 10月14日(土)
  4. 第7室(55年館6階 564教室)
  5. 2.奇人礼賛:社会規範からの逸脱に対するRaymond Carverの政治的姿勢をめぐって

2.奇人礼賛:社会規範からの逸脱に対するRaymond Carverの政治的姿勢をめぐって

栗原 武士 広島経済大学(非常勤)


Raymond Carverに関して、「これほど人間的に好感の持てる作家は他にいない」と話す村上春樹をはじめ、彼にインタビューを行った批評家や彼の友人作家らの多くの印象を総合すると、寡黙かつ謙虚で、人当たりの柔和な紳士Carverの人物像が浮かび上がってくる。しかしその一方で、Halpertによる Raymond Carver: An Oral Biography では、多くの友人たちが彼の(特に若い頃の)奇行について証言してもいる。彼は重度のアルコール依存症であり、妻に暴力を振るって大怪我をさせたこともあった。ある時にはベトナム戦争に動員されまいとスーツケースひとつ抱えて友人宅に転がり込み、またある時期には借金取りや(普通の)高校生さえもパラノイアックに怖れ、ブラインドを閉めきった窓から目玉だけを外に覗かせていたという。これらのエピソードはCarverの奇人としての顔を垣間見せるものである。

Carverのこの奇人としての側面は、彼の短編作品群に登場する多くの「グロテスクな他者」のイメージに昇華されている。様々な社会規範から逸脱する周縁的な存在として描かれる彼らは、アルコール依存症患者や破産者であるだけでなく、時に性倒錯者であり、身体障害者であり、また非白人である。しかし彼らを描くCarverの筆致は彼の作家としてのキャリアを通して一様ではない。本発表の主眼はそのような「奇人」や「グロテスクな他者」に対する彼の姿勢の変化に着目し、様々な社会規範からの逸脱に対する彼の政治的態度が次第にシフトしてゆく様を明らかにすることにある。

そもそも現代アメリカ人の日常をスケッチのように描き出すCarverの短編作品群に政治的意識と呼べるものが存在するのかどうかに関しては、従来多くの批評家が疑問符をつけてきた。なかでもLentricchiaはCarverの作品について、「私的セクターで活動する無名の個々人の喜びや苦悩を描くだけの、マイナーで、非政治的な、家庭的フィクション」であると切り捨てる。またKaufmanは、従来高い評価を受けることの多い後期Carverの代表作である “A Small Good Thing” でさえ、それが様々なイデオロギーの中に留まっている点で政治的貢献を果たしていないと述べている。本発表ではCarverの没政治性に対するこのような批判への反論として、社会的逸脱者としてのアイデンティティを肯定的に受け容れるCarverの「奇人」たちに着目し、現代アメリカに膾炙する諸イデオロギーの問題に対する彼の政治的立場を再評価したい。