森 瑞樹 大阪外国語大学(院)
アメリカ大陸発見から21世紀現在に至るまで、古くはヨーロッパによるインディアン制圧に始まり、記憶に新しいイラク戦争まで、アメリカの歴史は幾多の戦争により彩られている。
アメリカ演劇界を代表する劇作家Sam Shepardは、90年代以降の2つのアメリカによる対イラク戦争直後に象徴的な作品を世に送り出している。湾岸戦争翌年の1991年に初演を迎えた States of Shock は、まさにその影響を受けたかの如くあまりにも軍事的なモチーフが多用される。同様に対イラク政策が激化し、大量破壊兵器への疑心から勃発したイラク戦争後の2004年に初演を迎えた The God of Hell は、まさに地獄の神プルートーをその名の由来とする放射性物質プルトニウムについて展開する作品である。 States of Shock は、そのプロットと時代性のパラレルにより、「アンチ・ウォー・プレイ」としての読みをおこなう批評家も見受けられる。しかしながらこの作品を、反戦劇としての読みの範疇に収めてしまうことには些か疑問が残るところである。
本発表においては反戦劇としての側面を踏まえつつ、States of Shock と The God of Hell の両作品をアメリカニズム、帝国性、同時に歴史性を照射する作品としての読みを展開していく。
それにはまず、Shepard劇に多用される星条旗に着目しなければならない。国旗は様々な言説を含意したものであることは言うまでもない。States of Shock でも同様に扱われるこの星条旗であるが、この作品では、通常の旗としての形態を取る星条旗ではない。まずは舞台上で展開される色彩的なモチーフから、舞台上そのものが星条旗として機能するという議論から展開したい。パロディー化された、もしくは異化された星条旗空間、そしてその中を動き回る歴史的表象性を付与された車椅子、「動かす者」と「動かされる者」という関係性から、アメリカに取り憑く神話的シニフィエの解体、さらには隠蔽される帝国主義的歴史性の掘り起こしという論を進めていく。
The God of Hell においては、不可視の物質として人体を崩壊させるプルトニウムを「アメリカ」と見立てた読みを展開する。ここでも同様に万国旗の形状を取る星条旗に着目し、移動、停滞のモチーフと掛け合わせることで浮き彫りされる「アメリカ」の蔓延、「アメリカ」への感染を論じる。上記両作品を論じることにより、現在グローバルに展開されるアメリカニズムの拡張、連鎖の有り様を臨む。