1. 全国大会
  2. 第46回 全国大会
  3. <第1日> 10月13日(土)
  4. 第2室(1号館2階 125教室)
  5. 4.喪失とレジスタンスの語り——ソローのエコトピアからホーガンのエコカルチャーへ

4.喪失とレジスタンスの語り——ソローのエコトピアからホーガンのエコカルチャーへ

伊藤 詔子 松山大学


“Economy”の高名な謎の一節(”I long ago lost a hound, a bay horse, and a turtle dove, and am still on their trail.”)は、Barbara Johnsonが言うように、「特定の喪失でなく喪失感覚そのものを表現している」とすれば、それが生きもの表象と結合していることが重要だと思われる。1857年4月の手紙でこの一行への質問に「私は今も喪失の危険の中にいます」とも答えている。実人生で多くの肉親の死に見舞われたソローの喪失感は、生態系の危機の感覚とも並行していき、メインへの旅を46年、53年、57年と繰り返す。それは真の野生発見とともに、「この国の森をなくすことが林業の使命」(The Maine Woods )であることを思い知る旅ともなる。またジョー・ポリスというプネブスコット・インディアンを通して、白人へと変質しつつある先住民の現実認識を迫られ、観念的でロマンティックな「インディアン」観から脱する旅でもあった。ポリスは部族の代表を務めるとともに、教会に行きサバスを守り二階建ての瀟洒な白い家に住むいわば<白い赤人>であった。

一方チカソー族の出身でハイブリッドであるLinda Hogan (1947-)は、部族の伝統の語り部というより、Jim Tartarの指摘するように、複数の文化伝統の融合(multiethnicity)に特質があり、白人の知恵と「インディアン」の野生の融合を目指すソローのハイブリディティに通底するものがある。ホーガンは失われたミンブレス部族の「命の抜け穴」の連想で「すでに世界には、いくつも穴があいてしまった。(中略)どうしてこんな喪失を許したのか」(Dwellings )と、世界の取り返しのつかない喪失についても語る。両者は、地球が「様々な種子を時が来るまで蓄える穀物倉庫」(Thoreau, Wild Fruits )とし、「大きな一つの種子で、生命を宿し次の細胞分裂を待つ卵」(Hogan, Solar Storms )とみなす地球的、身体的想像力により、喪失を引き起こした現場に立ち、その歴史を物語る。

さらにホーガンにはソローと同様「ウォーキング」(”Walking,” 1995)と題する作品があり、歩くことに特別な表象性を託している。ただしソローの”Walking”(1862)はウィルダネスとしての自由の宣言となったが、その歩みは家族、コンコード、アメリカからも離れ、純粋自然の領域とも言うべき楽園探求の脱歴史化の歩みでもあったのに対し、ホーガンの場合歩くのは作者のペルソナとしての向日葵(sunflower)であり、過酷な旅を生き抜いて家郷へとたどり着き、ついに定着し永続的な住処を得る。ここにはネイティヴ・アメリカンの、放浪を余儀なくされた後の再定住(reinhabitation)の思想(「植民地文化世代の、過去の搾取で崩壊した地域の場所を再興し再び住むこと」)が読み込める。両者の歩みの方向は、歴史に関する限り逆方向であり、ソローは歴史から脱し幻想に入り、ホーガンは幻想から歴史の中に入っていくといえる。

こうしたソローとホーガンの類似性と異質性は、両者の目指すコミュニティの質の違いとして論じうるかもしれない。ソローは、アメリカ・ユートピアニズムの共同体実験の「黄金時代」1840年代に生きたが、ブルック・ファームなど共同体的ユートピアには徹底して批判的で、単独のエコロジー的コミュニティ、エコトピアを構想した。「経済」を締めくくる一節は「もしわれわれが真にインディアン的、植物的、磁力的あるいは自然的な手段(Natural means)で人類を立派に蘇生させようと思うなら、まず我々自身が自然そのものに」なる必要があるとし、自然力が社会と人間を救うとした。

『太陽嵐』も崩壊を体験した親たちの第三世代である一七歳の主人公Angelが、Adam’s Ribという象徴的な名前を持つ土地に、女性たちの連帯で生き抜き再定住する物語である。語り手はクーリーとイヌイットの混血として生まれ、母代わりのチカソー出身のブッシュや、祖母代わりのドラ・ルージュの配慮により生き延び、自己救済の過程にはいっていく。タイトルは、トラウマが磁気異変のもたらした宇宙的ともいえる病を引き起こすことを意味するが、ホーガンはその癒しを多文化的なコミュニティから汲みだし、エコカルチャーを育み、さらに環境正義のテーマへと社会化し”The only possibility of survival has been resistance.”とレジスタンスの語りへと発展させる。「エコカルチャー」は、人種や部族の違いを超えて普遍的に作者が提示しているものである。