1. 全国大会
  2. 第53回 全国大会
  3. <第1日> 10月4日(土)
  4. 第9室(7号館5階D50番教室)
  5. 3.ハワイ・ローカル劇の地理的起源

3.ハワイ・ローカル劇の地理的起源

慶應義塾大学 常山 菜穂子

 

1960年代のマイノリティ復権運動を受けて、アメリカ演劇研究の白人男性主義とテクスト重視傾向が見直された結果、「アメリカ演劇」が想定する範囲は人種・階級・ジェンダーの点でも、地理的・時間的制約やジャンル解釈の面でも格段に広がった。この新しいアメリカ演劇研究に今なお欠けているのが西海岸を越えたその先への視線であり、たとえば太平洋に浮かぶハワイにおける演劇文化・活動への注目である。

本発表が取り上げるハワイの初期演劇という領域は、これまで二重に置き去りにされてきた。なにより、ハワイの演劇そのものが、アメリカ演劇と演劇史の中で忘れられている。20世紀末に大きく書き改められた演劇史においてさえ、ハワイの演劇は、1970年代の日系アメリカ人による演劇活動の例としてほんの一行言及されるだけだ。アメリカ演劇研究が大西洋横断的視点に立脚していることは建国とその後の経緯を考えれば当然ではあるものの、1788年にアメリカの毛皮商人が初めてやって来て以来、ハワイはどの外国よりもアメリカと政治経済・文化面で密接な関係を築き、19世紀半ばからは数多くのアメリカのスター役者や劇団が巡業に来ていたことも、また確かなのである。

近年では、このような空白を補完すべく、「ローカル劇 (local theatre)」と呼ばれる、ハワイの土地と人びと、文化、生活に深く関わる演劇活動とその研究に光が当てられている。とりわけ、本格的な専門劇団Kumu Kahuaが活動を始めた1970年代以降、こんにちまで、ローカル劇はハワイにおける歴史とアイデンティティの問題を提起し続けている。一方で、その起源はあいまいなままだ。ローカル劇研究の第一人者Dennis Carrollが“This ‘local’ theatre began quite early in the century”と述べるように、20世紀初めの地元アマチュア演劇やハワイ大学における演劇活動が発端になったと思われるが、ハワイにおける初期演劇の状況はいまだ不明なままなのである。ローカル劇はハワイという場所に根ざす歴史的背景と民族構成に大きな影響を受けている。こうした、ローカル劇の「ローカル性」はいつ、いかにして得られたのだろうか。

この疑問を解決すべく、本発表ではまず19世紀末から20世紀初頭にさかのぼって、ローカル劇以前とローカル劇の最初期の演劇状況を、当時の新聞・雑誌、年鑑の記事や写真をもとに再現したい。その上で、このような初期演劇の内にローカル劇をローカル劇たらしめる特色の萌芽を見い出し、19世紀大衆演劇の時代から小劇場運動を経てローカル劇発展へとつながる道筋を明らかにする。太平洋の真ん中に浮かぶ島であるというハワイの地理的特性と、その位置に由来する歴史的・文化的・政治経済的環境がハワイの演劇文化形成に与えた特異な条件が明らかになるだろう。