広島大学(院)/学振研究員 黒住 奏
1948年にニューメキシコ州アルバカーキのラグーナ・プエブロ族の居留地で生まれ育ったLeslie Marmon Silkoは、自分のエスニシティをラグーナ・プエブロ族、メキシコ人および白人であると述べているように多様な人種の血筋を引く現代アメリカ先住民文学を代表する作家の一人である。彼女の故郷であるニューメキシコは、ラグーナ・プエブロ族やナバホ族などのアメリカ先住民の居住地、メキシコとの隣接地、またスペイン人の入植地であり、様々な文化が交差する地である。白人の入植以来、目まぐるしく変化する環境の中で部族の土地を追われ西洋文化を強要されたアメリカ先住民たちは、部族の伝統文化に西洋文化を取り込み変容させることで、なんとか自分たちの伝統を保持してきた。Lawrence Buellが、The Environmental Imagination で“hybridized vision”と呼ぶ文化的多様性は、SilkoのCeremonyにおいて注目すべき特徴の一つである。
本作品の主人公である青年Tayoは、ラグーナ・プエブロ族とメキシコ系アングロサクソンの混血であり、幼い頃から混血の私生児として、部族のコミュニティから疎外される立場にあった。さらに第二次世界大戦に参戦し、戦地フィリピンでの悲惨な体験はTayoの心身を蝕むこととなる。完全なラグーナ・プエブロ族でもなく、メキシコ人でも白人でもないTayoは、異文化の境界で揺らぐ存在として描かれている。
退役軍人としてニューメキシコの居留地に戻り、戦争神経症に苦しみながらも、部族の伝統の中に癒しを求め、Tayoは自己回復へと向かっていく。自己喪失に苦しむTayoが癒されてゆく物語は、神話の要素と絡み合いながら構築されており、神話の主人公のように、人間と自然の関係を取り戻すことによってTayoの癒しは完遂される。
混血の主人公の部族アイデンティティの回復は、現代アメリカ先住民文学における中心的テーマであるが、自然と人間のバランスのとれた相互関係がアメリカ先住民のアイデンティティの回復において最も重要な要素であるということは注目すべき点である。ラグーナ・プエブロ族の一人の青年の自己回復の物語は、部族の神話のみならず、白人による土地の植民地化や第二次世界大戦といった歴史的事実を取り込みながら、ニューメキシコの辺境の地から、アジアへ、そして地球全体へと広がっていく。このことは、環境破壊が進んで自然と人間の相互関係の崩壊が地球規模となっている現代においてTayoが自己回復を達成するには地域や人種という境界を越えなければならないことを示しているといえる。そこで、本発表では、Tayoの混血性をはじめとする本作品の文化的多様性について考察し、人間と環境のつながりに焦点を当てることで、混血性、社会的不平等および環境問題の複雑な関係を読み解いていく予定である。余裕があれば同作者のAlmanac of the Deadについても論考したい。