日本女子大学(院) 秋田 万里子
ユダヤ系アメリカ人作家Cynthia Ozick (1928- ) は、1983年のエッセイの中でイェール学派のHarold Bloomの誤読理論(驚異的な先行者の影響を克服することを目的とした後続作家による先行作家への意図的な誤解釈行為)の性質について、神の言葉を正しく伝達することを目的としたユダヤ教の教義に反するものであり、「天国の王座の強奪」(“to usurp the Throne of Heaven”)、つまり先行する作家の名声や威信を強奪する行為であると主張している。そして、誤読理論というシステムを作りだしたBloomを「芸術上の反ユダヤ主義者」と批判する。しかしながら、Ozick自身1966年の処女作以来、先行する作家の作品を自分の作品に取り込み作り替える行為を繰り返している。つまり、Ozickは自らが批判する誤読理論を自身の作品の中で実践し続けているのであり、Ozickの言葉を借りれば、彼女自身が「芸術上の反ユダヤ主義者」ということになる。
1976年に発表された中編小説集 Bloodshed and Three Novellas の中の一編 “Usurpation (Other People’s Stories)” は、Ozick自身の創作活動における自己矛盾と葛藤を描いた作品である。この物語は、作家志望の人物から原稿を預かったユダヤ人女性作家の語り手が、そのストーリーを勝手に改変しながら語るという入れ子構造になっている。Ozickはこの作品において、語り手に他者の作品のアイデアを盗用させるだけでなく、自身もBernard Malamud (1914-86) の1972年の短編 “The Silver Crown” の構成を部分的に取り入れている。ユダヤ人作家である語り手は、偉大な作家の名声という「魔法の王冠」を切望するあまり、ユダヤ教の神ではなく芸術の神を崇拝し、その結果、王冠は語り手の頭上から落ちてしまう。この結末は、自らが非ユダヤ的と非難する誤読理論的創造行為を実践し続けるOzickの自己批判であると考えられる。
本発表では、“Usurpation” における先行作品の盗用の問題に着目し、ユダヤの神という偉大な創造者を信仰する立場で、ユダヤ人が創造者になり得るのかというテーマを、Ozickがこの作品の中でどのように結論付けているか考察したい。