神戸大学(院)種子田 香
1925年に出版されたEllen Glasgow(1873-1945)の代表作Barren Ground (1925)は、”the symbol of fate”(Glasgow, A Certain Measure)として描かれているヴァージニアの荒涼とした大地を、ヒロインのDorinda Oakleyが改良し征服していく物語である。この物語は、1880年代頃からイギリスで盛んに出版され始めたニュー・ウーマン・ノヴェルと、フランスで注目され始めたEmile Zolaを代表とする自然主義文学の影響が強く表れていると考えられる。ニュー・ウーマン・ノヴェルは、いわゆる「家庭の天使」の枠におさまりきれない「ニュー・ウーマン」のセクシュアリティを描き、結婚制度と男女の性役割を問題にしていることに特色があるのに対し、自然主義文学では、人は遺伝や自然の法則から逃れられないという環境決定論が支配する世界を描いている。両者に共通するのは、当時盛んに議論されたダーウィニズムとの関連であるが、両者の方向性は正反対である。Glasgowはこの決定論と自由意思をどのように受け入れられる形で小説に融合させるかに苦心していた。
Glasgowとダーウィニズムという研究テーマは、すでに1971年にJ.R.Raperが初期の作品について考察している。1870年代から20世紀初頭のアメリカではDarwinの『進化論』を直接社会に適用した社会進化論が広まっており、これはGlasgowの初期の作品が書かれた時期と一致する。この資本主義が爛熟した時代にGlasgowは人道主義的立場に立ち、ダーウィニズムを取り入れながら敗者の苦しみに脚光を当てて小説を書き続けた。さらに、アメリカ社会でダーウィニズムのブームが去った後に出版されたGlasgowの中期の作品Barren Groundにおいてもなお、ダーウィニズムの影響が見られる。
「ニュー・ウーマン」のDorindaは、科学知識を取り入れることにより先祖が成し得なかった土地の改良に成功し、ヴァージニアの不毛の大地を蘇らせる。小説のタイトルの”Barren”とは、Dorindaが子供を産まなかったことの暗喩となっているが、妊娠・出産しないという生殖を否定した形でしかビジネスで成功することはできなかったという意味も込められている。Barren Groundにおいては、ダーウィニズム的な遺伝の法則、適者生存といった理論を援用しながらも、そこに内包される生物科学の性差の強調から逃れるために、作者GlasgowはDorindaから恋愛感情を奪い、彼女を「先祖返り」させる要素を取り除かねばならなかった。土地改良というビジネスを成功させるのに必要な理性的な判断は、生殖の根源にある動物的本能とは相容れない、という当時の女性を巡る言説の限界も描かれている。
本発表では、Barren Groundに見られるダーウィニズムの影響を、「ニュー・ウーマン」として描かれるヒロインをめぐる決定論と自由意思の力関係に注目して考察したい。決定論から「ニュー・ウーマン」にヒロイン像の軸足を移していった軌跡を追いつつ、Glasgowが創り出した新たな女性像を明らかにしたい。