関西学院大学(非常勤)岡本 晃幸
Edgar Allan Poeの短編“The Psyche Zenobia (How to Write a Blackwood Article)”[“The Psyche Zenobia”] (1838)は、Poeの創作技法との係わりで論じられることが多かったが、近年Toni MorrisonやTeresa Godduなどにより人種問題の視点から再評価されている。しかし、時計塔の針によるPsyche Zenobiaの断頭と人種の関係はあまり論じられてこなかった。Poe文学における断頭といえば、“Never Bet the Devil Your Head” (1841)で悪魔に首を持って行かれてしまうToby Dammitや、“The Murders in the Rue Morgue” (1841)で首が転げ落ちてしまうMadame L’Espanayeの死体などをあげることができる。注意したいのは、これらの短編でも黒人奴隷の問題が見え隠れすることである。母親から叩かれすぎて顔が黒く腫れ上がったDammitは“a little African”に喩えられているし、“The Murders in the Rue Morgue”のオランウータンが黒人奴隷の表象であるというのは最近のPoe研究では定説である。Poe文学において、断頭と人種問題は何らかの関係があるのではないだろうか。
ここで注目したいことは、Zenobiaが首を入れる時計塔の穴が“such as we see in the face of French watches”と言われていることだ。Poeは雑文集“Pinakidia” (1836)の中で、フランス革命の恐怖政治時代に断頭台で処刑されたAndré Chénierの詩を紹介しているが、それは時間を時計のイメージでとらえた詩であった。Zenobiaの首に迫る時計の針の描写にも“revolution”という言葉が(表面的には「回転」の意味ではあるが)使われており、フランス革命における断頭台での処刑との関連をうかがわせる。
当時の南部において黒人奴隷の問題とフランス革命は無関係ではなかった。フランスの植民地であったハイチで黒人奴隷による革命が勃発した後、フランス革命政府が奴隷制廃止を宣言したことなどから、南部の奴隷所有者たちはフランス革命を敵視した。それは、Poeが編集に携わっていたSouthern Literary Messenger の1836年4月号に掲載された、いわゆる “Paulding-Drayton review”の中でフランス革命が非難されていることにも反映されている。以上の点を考慮すれば、“The Psyche Zenobia”を人種の視点から再考するためには、フランス革命に関わる当時の言説の影響を考察することが必要であるだろう。
本発表では、“The Psyche Zenobia”を中心に、他のPoe作品や当時の雑誌の記事を比較しつつ、Poe作品における人種とフランス革命の関係について論じる。