概要
ポーランドを寄留地としたユダヤ人社会はナチスによるホロコーストで殲滅された。弟アイザック・シンガーは都市ワルシャワの今はない世界を『モスカット一族』という長篇小説で残し、兄イスラエル・シンガーは地方のユダヤ人町(村)シュテットルでの少年時代の実体験を自伝的回想録で残し、兄弟各々文学の力で失われた世界を甦らせた。
イスラエル・ジョシュアは最良の自伝的回想録は「それを通して一つの世界が立ち現れる」ものだと主張し、自身の少年時代の思い出や出会った人々について感傷を排し写実に徹してシュテットルを語りながら同時に当時の東ヨーロッパの状況と時代の流れをも読者が読み取れるように描いた。この作品を単に彼の少年時代の思い出話として読み終え、そのまま本を閉じるか、それとも、この「今はない世界」がいかなる終焉を迎え、いかに大きなものが失われたかを思い、現在も人々の命を奪い、生活を破壊し、文化を消し去る蛮行が絶えないことに思いを進めるかは、読者に委ねられている。(「あとがき」より)
目次
訳者まえがき
主要登場人物
町での祝いごと――ニコライ二世が皇帝となる
三歳のとき祈祷用ショールにくるまれて、ぼくはトーラーの軛を負った
天上で運命が性別を入れ換えたことから生じた悲劇
安息日の食事のあとのイスラエルとアマレクの戦い
あるドイツ人が血の告発をおこない、共同体全体を前にして、沐浴場近くで鞭打たれる
プリムの天使のつもりで、先生が窓から飛び出す
初めての列車体験、そして訪れるすばらしい奇跡
独裁者の〈おじいさん〉、そして権威に反抗する〈おばあさん〉
女性たちの教師、レブ・イェヒエル
女性の領域――台所
ぼくの二人のおじたちとおばたち
ネズミよりトーラーを好む信心深い猫
フラデル、家族の持て余しもの
父親に敬意を表して、ある男がぼくたちの家の窓を割り、それから靴下跣足になって赦しを請う
倍も年上の既婚女性に恋をする
ユダヤ人たちが婚外子を世にもたらす「病気の乙女」のために祈る
世紀の変わり目のレオンチンの名士たち
「緑の木曜日」の恐怖、その日には改宗者がイエスの像を持ってカトリックの行列の先頭を歩く
ハシドたちはヘルツル博士の死を祝う
ユダヤ人たちはあえて屋根を直さず、メシアの到来を期待する
損なわれた〈新年祭〉
後註
訳者あとがき