1. シンポジアムT(東京支部発題)(58年館4階843教室)

シンポジアムT(東京支部発題)(58年館4階843教室)

アメリカ文学と反知性主義

司会
慶應義塾大学 巽    孝 之
イントロダクション
講師
大阪市立大学(非常勤) 出 口 菜 摘
知性主義者T. S. エリオットの反知性
東京外国語大学(名誉教授) 志 村 正 雄
ホフスタッターと神秘主義
お茶の水女子大学 竹 村 和 子
ジェンダー・レトリックと反知性主義
コメンテーター
岐阜女子大学 亀 井 俊 介


慶應義塾大学 巽 孝之



日本人は無思想だといわれる一方、アメリカ人には反思想とも呼べる伝統、すなわちリチャード・ホフスタッターのいう反知性主義が存在する。知的なるものや理論的なるものに対するアンチテーゼは、いまも根強い。この流れは、古くは17世紀植民地時代にアン・ハッチンソンの代表する神秘主義的な異端として根付き、18世紀啓蒙主義時代を経ると、ジョナサン・エドワーズの大覚醒運動における福音伝道熱や、ベンジャミン・フランクリンがメディアを活用した法螺話趣味、ラルフ・ウォルドー・エマソンらの唱道する超越主義思想において、むしろ主流へと躍り出た。反知性主義の系譜は以後も発展し、たとえば知識人批判を絶妙に刷り込むハーマン・メルヴィルやマーク・トウェインをはじめ、20世紀においても失われた世代の代表格アーネスト・ヘミングウェイからポストモダン文学の巨匠カート・ヴォネガットまで、反知性主義によってアメリカ文学史の本質を読み直すことすら可能に見える。

この系譜がアメリカのポピュリズムと連携し、1980年代以降より21世紀の今日まで、レーガンからブッシュ父子を支える旧左翼・現ネオコン系保守派支持層を生み出した。その結果、80年代半ばまでは封じ込められていた反知性主義の伝統は反ポストモダニズムの風潮と手に手を結ぶ。理論物理学者アラン・ソーカルによるポストモダニズム批判「知の欺瞞」キャンペーンはまだ記憶に新しい。本来ポストモダニズムは西欧形而上学的伝統、とりわけ啓蒙主義以後の理性の時代に代表される合理主義を徹底批判する意味合いを帯びていたはずだが、現代アメリカの文脈では、いつしかそんなポストモダニズム自体が知性の権化ならぬ知性の暴力のように捉えられ、フランス的なるものに反発せざるをえない政治的無意識と相まって、ほかならぬ批判対象と化してしまったのは皮肉である。反フランス主義とも多かれ少なかれ連動せざるをえない反知性主義は、反知識人的伝統とも呼び直すことができるだろう。

そうした反知性主義を今日最も巧妙に体現したのは、それこそ知識人批判の代表とも言うべきドキュメンタリー映像作家マイケル・ムーアであった。もちろんブッシュ自身が反知性主義的ポピュリズムの代名詞だが、ここでブッシュ批判者ムーアもまた、根本においては同質の反知性主義的身振りによって、現役大統領へのほぼ同族嫌悪的、転じては同毒療法的なメディア操作を行ってみせた。最も反知識人的なムーアがかえって知識人的に見えていたのは、もうひとつの皮肉である。だが、反知識人の伝統が最も典型的なアメリカ的知識人の伝統でないと、誰が、どのような権利において断言できるだろうか。亀井俊介氏が一貫して「知の技法よりも情の技法が重要だ」と発言されてきたことも、まさに以上の文脈において意味をもつように思われる。

このように、文学的にも文化的にもさまざまな問いかけを可能にする反知性主義の伝統を、神秘主義からフェミニズム、ポピュリズム、ひいては文学史の読み直しそのものにおよぶ幅広いパースペクティヴより再検討したいと考える。


大阪市立大学(非常勤) 出口 菜摘


The Idea of a Christian Society(1939)や Notes Towards the Definition of Culture (1948)を読む限り、エリオットを反知性主義と呼ぶことは難しい。彼は民主主義や普通教育への嫌悪を露わにし、大衆を指導する知的エリートの必要性を説くほどの知的な文学者だったからである。エリオットはコールリッジがいう「知識層(the clerisy)」を引き合いに出しながら、「優れた知性と精神を持つ聖職者と俗人(both clergy and laity of superior intellectual and / or spiritual gifts)、そして知識人(intellectuals)」が含まれる集団を理想として語っている。ときに時代錯誤ともきこえるエリオットの議論は、リチャード・ホフスタッターの Anti-Intellectualism in American Life で語られる内容と対極にあるといえる。

初期の評論にも、知性を重視するエリオットの姿がある。例えば代表的な“The Metaphysical Poets”(1921)において、エリオットは「感受性の分裂」以前の詩人を、「知性的詩人(the intellectual poet)」と呼び、以後の詩人と決定的な距離を置く。同論を書いていた頃の手紙(16 September 1921)でも、形而上詩人のなかに「知性的素質(the intellectual quality)」を見い出す。しかし、このエリオットの「知性」への関心は、後年のものとは異なり、自身の当時の不安を映し出しているようだ。同じ手紙で、エリオットは自分の無知や浅薄さを嘆きながら、知らないことをあたかも知っているかのように匂わすことがあると書いている。初期の評論に見られる知性への関心は、所有しないものに対する羨望ではなかったか。ホフスタッターは、知性に反する要素として「感情」を挙げているが、エリオットが語る「非個性論」もこの文脈から読み直すことが可能であろう。であるならば、エリオットの渡英は反知性から知性への移行といいかえることができる。

この発表では、知識人としてのエリオット像が確立した結果、見落とされている側面について考えたい。具体的には1920年、神秘主義者P. D. ウスペンスキーが中心となった交霊会にエリオットが出席していたこと、詩作を語る際に用いた「自動書記(automatic writing)」、The Waste Land(1922)のタロットカードなどを踏まえ、反知性主義者エリオットの顔を明らかにしたい。


東京外国語大学(名誉教授) 志村 正雄


米国に住んでいて、リアル・タイムで Anti-intellectualism in American Life (1963)を読んだ者として、ホフスタッターが第1,2章で示した点描的なanti-intellectualismの例、またこのような本を公にすることができる世の中になった喜びの正直な表明など、感銘深く受け取ることができた。大学町とはいえ、中西部の田舎町、New York Times を購読すれば「アカ」かと怪しまれるコミュニティに住んでいると、よけい感銘深かったものかとも今は思う。

Intellectual嫌いの伝統と対になるintelligence好みの論も納得できることで、日本でも被占領時代、米国の提案によるのだろうが、当時(旧制)中学生の私達は大学・高校を志望するなら必ずIQテストを受けることになった。2,3年で廃止されたが、日本はintelligenceを米国ほど重んじなかったのか。『アメリカの反知性主義』や『米国政治のパラノイド・スタイル』(1965)を読んだころ、なぜ米国がフランスのビネー式テストを流行させたかと言えば、兵役志願者にこれを課することにより、体よく黒人を排除することに役立つからで、仮にIQが高くとも、識字率が低いため,異常に黒人兵が増えるのを防ぐことができるのだ、IQは生まれつきのもの、このテストは練習効果は挙がらないなどというのは嘘であると The New Yorker にさるIntellectualが発表していたのも当時の風を感じさせた。

ホフスタッターの問題点はビート文学を反知性の産物と考え、ほぼNorman Podhoretz (“The Know-nothing Bohemians”)と同趣旨の主張を最終章で述べることである。第1章でEmerson, Whitman, William James,あるいはBlake, D.H.Lawrenceなどの名を挙げ、彼らはanti-intellectualではないと言っているにも関わらずである。彼らには多かれ少なかれ神秘主義的要素があるが、そこらをどう考えるかが私のテーマになるかと思う。


お茶の水女子大学 竹村 和子


『アメリカの反知性主義』の著者リチャード・ホフスタッターは、『ボストンの人々』のなかでヘンリー・ジェイムズが登場人物の口を借りて、「全世代が女性化し、男性的なものが消滅していく」と嘆いたとき、彼が理想とした剛毅な男性社会は、質朴な人民の社会でも、また現実主義的な資本の世界でもなく、むしろ反知性主義者からは知性的と批判されがちな東部知識人の世界だったと述べ、反知性と知性がジェンダーを軸に反転を繰り返す米国の政治・文化風土を示唆した。事実、アン・ハッチンソンに対する学識ある聖職者からの攻撃、マーガレット・フラーへの二律背反的なナサニエル・ホーソーンの態度、女性原理を取り込んだ福音主義的思想の政治化、アーネスト・ヘミングウェイとガートルード・スタインの奇妙な交錯、ハリウッドと権力と知識人の歴史的まだら模様など、それぞれ位相は異にしても、米国の反知性と知性のコングロマリットは、思いのほか、明に暗に性を媒介に展開してきた。

いや冷戦構造の推進力であったアメリカニズムそのものが、反知性と知性の敵対/共謀関係によって成立しているなら、アメリカニズムの神話的著作とされていたF.O.マシーセンの『アメリカン・ルネサンス』自体、コミュニズムに対する作者の二律背反的姿勢のみならず、性的事柄の操作とその隠蔽によっても成り立っており、アン・ダグラスの『アメリカ文化の女性化』も、この延長線上で再検討される必要があるだろう。

近年では、ジュディス・バトラーの著作の「難解さ」に対してフェミニストからの批判が相次ぎ、フェミニズム内部で知性/反知性が相互に交錯しているが(というのも知性こそ、男性原理の「言語」としてフェミニズムが問題化してきたものであるから)、それのみならず、フェミニズム「理論」が起爆剤になって、アカデミズム(の理論)の有りよう自体が問われ始めている。

本発表では、アメリカの反知性主義と言われるもののなかに、いかに性の力学がレトリカルに刻み込まれており、それが現在の批評営為のなかでどんな(反)作用を及ぼしているかを考えたい。