1. 第7室(55年館6階 564教室)

第7室(55年館6階 564教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
野間 正二

1.詩/詩人について「語る」ことのアポリア―Glass 家における芸術ジャンルの問題

  野口 元康 : 東北学院大学(院)

2.奇人礼賛:社会規範からの逸脱に対するRaymond Carverの政治的姿勢をめぐって

  栗原 武士 : 広島経済大学(非常勤)

本城 誠二

3.幻滅のニュー・フロンティア ― John Cheever, The Swimmer の意味と意義

  杉野 健太郎 : 信州大学

4.郊外の憂鬱―The Hours における郊外

  佐竹 由帆 : 青山学院大学(非常勤)



野口 元康 東北学院大学(院)


J.D.Salingerによる Glass家の物語は芸術一家を題材とする。Glass家の兄弟たちはそれぞれ得意の芸術ジャンルを持つ、例えばSeymourは詩、Buddyは小説、ZooeyとFrannyは演劇である。従来の批評では、詩人としてのSeymourや小説家Buddyによる書く行為など個々の芸術活動に焦点が当てられてきたが、芸術ジャンルの差異が兄弟関係と深く関与していることは論じられてこなかった。また芸術ジャンルはSeymourの表象不可能性という問題にも関わっており、詩と小説の宿命とも言える関係を考察する契機となるため見過ごす訳にはいかない。

本発表の鍵となるのは詩である。Glass家の兄弟は詩を「美」を 芸術と考え、これに他の芸術ジャンルとは異なる地位を与えている。小説家Buddyは自己の芸術性を矮小化する傾向があり、他の兄弟も自分の芸術が「美」という言葉で語られることを忌避する。Seymour以外の兄弟は「美」を創造できず、詩とそれ以外の芸術の間には懸隔が意識されている。兄弟たちが兄の活動領域たる詩 芸術ジャンルを選択したことはSeymourの圧倒的な影響力(Harold Bloom的な「影響不安」)を示す有力な証拠となる。

Glass家の物語には、「美しさ」を理解できる人間と理解できない人間の対立が描かれている。Zooeyは母Bessieが「美」という言葉を軽々しく使ったことを窘める。“A Perfect Day for Bananafish” のSeymourは詩の「美しさ」を共有しようとドイツ語の詩を妻Murielに贈るが、MurielはSeymourの意図を理解しない。Murielの母親にいたっては、ドイツ語を読めない者にドイツ語の詩を贈る行為を異常と考える。Murielの母を典型とする一般人は異常さを理解するために精神分析に頼ろうとする。BessieもFrannyを精神科医にかからせようとした。しかし、Glass家の物語では、精神分析は文芸批評としても人間理解の手段としても強く批判されている。 “Seymour: An Introduction” においてBuddyは精神分析学派が「美」に惹かれず、病んだ芸術家を救えないと批判するのである。

Buddyは精神分析に代わり、小説という形でSeymourの行動や生涯を語る。しかし、Buddyの語るSeymourは実像と一致せず、Buddyは次第にジレンマに陥る。BuddyがSeymourを語れない背景には詩と小説という芸術ジャンルの宿命とも言うべき問題が関与している。 “Zooey” 冒頭の序文の中でBuddyは自分が語る物語を “prose home movie” と呼ぶ。Buddyは自分たちの人生が散文的な人生だと考えている。散文的な人生なら散文によって再現可能だが、詩人であるSeymourの詩的な人生を散文では再現できない。本発表では、Glass家における芸術ジャンルの問題を踏まえた上で、精神分析の「語り」を乗り越えようとする小説の「語り」がそれにもかかわらず詩/詩人を再現する際に立ち向かわざるをえないアポリアを明らかにしたい。


栗原 武士 広島経済大学(非常勤)


Raymond Carverに関して、「これほど人間的に好感の持てる作家は他にいない」と話す村上春樹をはじめ、彼にインタビューを行った批評家や彼の友人作家らの多くの印象を総合すると、寡黙かつ謙虚で、人当たりの柔和な紳士Carverの人物像が浮かび上がってくる。しかしその一方で、Halpertによる Raymond Carver: An Oral Biography では、多くの友人たちが彼の(特に若い頃の)奇行について証言してもいる。彼は重度のアルコール依存症であり、妻に暴力を振るって大怪我をさせたこともあった。ある時にはベトナム戦争に動員されまいとスーツケースひとつ抱えて友人宅に転がり込み、またある時期には借金取りや(普通の)高校生さえもパラノイアックに怖れ、ブラインドを閉めきった窓から目玉だけを外に覗かせていたという。これらのエピソードはCarverの奇人としての顔を垣間見せるものである。

Carverのこの奇人としての側面は、彼の短編作品群に登場する多くの「グロテスクな他者」のイメージに昇華されている。様々な社会規範から逸脱する周縁的な存在として描かれる彼らは、アルコール依存症患者や破産者であるだけでなく、時に性倒錯者であり、身体障害者であり、また非白人である。しかし彼らを描くCarverの筆致は彼の作家としてのキャリアを通して一様ではない。本発表の主眼はそのような「奇人」や「グロテスクな他者」に対する彼の姿勢の変化に着目し、様々な社会規範からの逸脱に対する彼の政治的態度が次第にシフトしてゆく様を明らかにすることにある。

そもそも現代アメリカ人の日常をスケッチのように描き出すCarverの短編作品群に政治的意識と呼べるものが存在するのかどうかに関しては、従来多くの批評家が疑問符をつけてきた。なかでもLentricchiaはCarverの作品について、「私的セクターで活動する無名の個々人の喜びや苦悩を描くだけの、マイナーで、非政治的な、家庭的フィクション」であると切り捨てる。またKaufmanは、従来高い評価を受けることの多い後期Carverの代表作である “A Small Good Thing” でさえ、それが様々なイデオロギーの中に留まっている点で政治的貢献を果たしていないと述べている。本発表ではCarverの没政治性に対するこのような批判への反論として、社会的逸脱者としてのアイデンティティを肯定的に受け容れるCarverの「奇人」たちに着目し、現代アメリカに膾炙する諸イデオロギーの問題に対する彼の政治的立場を再評価したい。


杉野 健太郎 信州大学


第二次大戦後に急速に広まった郊外を舞台にすることが多いので「郊外作家」、主な活躍の舞台にした雑誌から「ニューヨーカー作家」と呼ばれることが多いJohn Cheever(1912-82)。しかし、盟友Saul Bellow、元同僚Raymond Carverはおろか、文学的弟John Updikeとの関係さえ忘れ去られ、今や日本では乱視読者以外の注目を浴びることはほとんどなくなったかに見える。しかし、カノン見直しの論客であるNina Baymが明確に編集総責任者となり序文を書くようになる前も後もアメリカの米文学史の標準的教科書である The Norton Anthology of American Literature からCheeverは一度も外れたことはない。本発表の目的は、彼の最高作とも目されるものの十分に解明されたとは言えない The Swimmer (1964)の意味とともに、その歴史的意義を明らかにすることである。

文化史家W. Susmanの言葉を借りれば「ピューリタンが消えた時にアメリカの生活とコミュニティが失ったものを強調した」作家、付言すれば、白人男性の深刻な精神的揺らぎ、アイデンティティの危機を描いた作家、と言っても過言ではないCheever。確かに、自身ピューリタンの末裔であるものの、Cheeverにとって、ピューリタニズムはアイデンティティを支える「大きな物語」あるいは「使用可能な過去」たりえないだろう。では、何か代わりになるものはあるのだろうか。

男らしさ、若々しさ、豊かさ、幸福で豊かな家庭と隣人。非白人を排除した豊かな戦後アメリカ郊外社会のすべてを持つ白人(イングランド系)中年男性ネディ・メリルは、ある真夏の日曜日に郊外の家々のプールを泳ぎ渡って自宅に帰ることを思いつき、その過程において、それらの肯定的価値どころか時間見当識や記憶やアイデンティティまでをも失い深い幻滅を味わう。Updikeの言葉を借りれば「アメリカのプロテスタント男性に特有の深い憂鬱」が最も深く刻まれたとも言える The Swimmer のあらすじを解釈を交えて短く示せば、こうなるであろう。結局は失敗に終わるが、家まで泳いで帰ることを思いつき実行に移すという、ネディのモックヒロイックな行為の動機を仔細に探れば、ピューリタニズムに代わる何か、すなわち、H. N. SmithやR. Slotkinの言うところのアメリカ最大の神話、アメリカの最もnativeな神話であるフロンティア神話が炙りあがってくる。さらに、初のアイリッシュ・カトリックの大統領JFKを中心とする同時代的コンテクスト、およびCheever自身が深い影響を受けたと告白する半分アイリッシュ・カトリックのF. Scott Fitzgeraldの文学史的コンテクストという一見奇妙に見えるかもしれない参照対象を軸としてこの作品の文学史的・文化史的意義を読み解けば、この作品がある時代の弔鐘となっていることが分かるのである。


佐竹 由帆 青山学院大学(非常勤)


Virginia Woolfの Mrs Dalloway を下敷にしたMichael Cunninghamの The Hours において、1949年ロサンジェルス郊外に住む主婦Lauraは、Mrs Dalloway を読みながら死の誘惑と闘い、妻、母として自分に課せられた役割をなんとか果たそうと必死に努力するものの、その役割にうまく適応できないでいる。この状況は、Betty Friedanが指摘した、第二次大戦後兵士の帰還により性役割の保守回帰が進んだアメリカにおいて、郊外の住宅で一見何不自由ない幸福な暮らしをしているはずの主婦たちを襲ったどうしようもない憂鬱と同様のものと考えられる。その憂鬱とは、中流的な主婦のいる幸福な家庭というイメージを実践しようと奮闘したものの、その形を実現しても幸福を実感できず、イメージと現実との齟齬に感じざるをえない苦しみと言いかえられるだろうか。

だが幸福なはずの郊外生活を満喫できないのは第二次大戦後のアメリカの主婦ばかりではないようだ。The Hours の登場人物の一人として、1923年ロンドン郊外で Mrs Dalloway を書き始めようとしているWoolfは、郊外での静かな暮らしに耐えがたさを感じ、ロンドンに移ることを切望している。時代と地域を越えて、二人の登場人物たちが感じる郊外の憂鬱が響きあっている。一方 Mrs Dalloway において、ロンドンに暮らす主人公のClarissaは、郊外に暮らす旧友のSallyについて、庭や家族のみにとどまる生活に自足する郊外族の妻に成り下がったと、どこか見下している。以上のことから、The Hours において、郊外への否定的見解は二重三重に響きあっていると言えるだろう。

Robert Fishmanは、中流クラスの心をとらえる郊外住宅地の起源は18世紀ロンドン郊外にさかのぼり、自然と調和し「富と独立に恵まれながらしかも緊密で安定したコミュニティに守られた近代家族」という理念の表現が郊外であり、郊外は「アングロ―アメリカン中流クラスの集団的創造、ブルジョワ・ユートピア」だったと論じている。この指摘をふまえると、18世紀から続くアングロサクソンの郊外史の枠組みでこれらの登場人物たちをとらえることができる。この枠組みにおいて、登場人物たちの郊外への否定的姿勢は、彼女たちが郊外の理念に共鳴できないことの表れであり、郊外の憂鬱は、その理念に共鳴できないがゆえに、「ブルジョワ・ユートピア」が、彼女たちにとって「ブルジョワ・ディストピア」に反転して、抑圧的に迫ってくることにその起源を持つと解釈できるだろう。

以上のことから、The Hours におけるそれぞれの挿話を結びつけているのは、下敷として明らかな Mrs Dalloway という作品だけでなく、郊外というイデオロギーも重奏低音のように、その役割を担っていると考えられるだろう。