1. 3.戦後アメリカ詩における「連作」の系譜 ―― Berryman, Lowell, Ashbery, Ammons

3.戦後アメリカ詩における「連作」の系譜 ―― Berryman, Lowell, Ashbery, Ammons

飯野 友幸 上智大学


John Berrymanは1947年に117編からなるソネット連作を書いた。当時プリンストン大学で教えていたBerrymanは道ならぬ恋におちいり、その不倫の関係について綿々と詩行を紡いだのである。実際にこのソネット連作が Berryman’s Sonnets と題されて出版されるのは1967年を待たねばならなかったが、連作という方法がその後のもっと野心的なHomage to Mistress Bradstreet (1956)さらには代表作のThe Dream Songs (1969)への道を開いたことは間違いない。それにしても、20世紀半ばに突如こんな古めかしい形式を使ったことにはどのような意味があったのだろうか。

ひとつには、断片的な書法によって神話を再構築するというモダニズム的長編詩へのアンチテーゼとして、日常を時系列にそって淡々と書きつづる連作という方法が取られたと考えられよう。しかも、古めかしい形式をあえて復活させることによって。The Dream Songs に影響を受け、60年代末からRobert Lowellが書きはじめた長大なソネット群にも同じことが言える。

また、文学史的な背景と同時に社会的・文化的な背景も考えあわせるなら、このソネット連作の意味はさらに広がる。たとえば、音楽に目を転じれば、当時ジャズやクラシックなどのジャンルでさまざまな実験が行なわれはじめたのとは裏腹に、Muzakという会社が有線のような形で多くの会社の職場に配信したBGMは、仕事能率をあげるために役立つということでアメリカじゅうに浸透していた。ひたすら同じ調子でどこまでも続くこの音楽形態は、戦後の経済発展にともなう未曾有の消費文化を支え、さらに郊外に広がっていった中流階級の保守的・画一的な態度を象徴するかのようだ。

同じようなことがBerrymanをはじめとする1910年代生まれの詩人たちにも言えるのではないだろうか。新批評家たちの切り開いた詩人・批評家・大学教師という生き方を踏襲し、保守的・中流的詩人という立場を確立したからである。その一方で、「バード」と呼ぶべき古いタイプの詩人を代表したDylan Thomasが50年代初頭にアメリカを訪れ、各地で異例の人気を博し、そして客死したことは象徴的だ。

本発表では、こういった第二次大戦直後の文化現象をBerrymanのソネット連作に見ることから始め、その後のアメリカ詩への連続性・不連続性も時間の許すかぎり検討する。具体的には、ソネット連作とミューザックの作り出す、いわば「パルス」とでも呼ぶべき一定のリズムのかぎりない繰り返しの美学が、60年代にいかに変容され、後続世代のJohn AshberyやA. R. Ammonsの試みた別種の連作へと流れこんだか、ということを考察する。