1. 1.空隙を埋める――Paul Austerの The Brooklyn Follies における逆説的空間

1.空隙を埋める――Paul Austerの The Brooklyn Follies における逆説的空間

小板 裕美 大阪外国語大学(院)


Paul AusterのThe Brooklyn Follies (2006) は、9.11同時多発テロ事件発生46分前までの「まだ幸せだった」アメリカを舞台にした小説である。Brooklynの眩い青空の下、人との繋がりの再生を果たし九死に一生を得て希望に満ちた主人公が歩き出す姿を描き、幸せな結末を予感させた所で一転、最後の僅か2段落で直後に発生するテロ事件に言及して終わる。その結末は、ようやく築き上げた個人間の繋がりを一瞬にして切り離し、人々の心に「空隙」を開けたテロの非情さを強調する。本発表では、多様なレベルでテクストを特徴付ける「空隙」を充填するという営為の両義性に着目し、そのささやかな営みこそが、「普遍の潤滑油」としてアメリカが地球上のあらゆる「空隙」に流し込んだ言説の欺瞞性をいかに逆説的に暴き出し、アメリカの“folly”を浮き彫りにしているかを論じてみたい。

肺癌に侵されBrooklynに移住した孤独な主人公Nathanは、親族らとの繋がりを再生しつつ、宣告された余命1年というスペースを埋めるべく、“The Book of Human Folly”という市井の人々の小さな愚行を記録し始める。愛情を込めて “follies”を記すこの身振りは、「アメリカ」という大きな物語をグローバルに注入することの空疎さを逆説的に炙り出しているという意味において、アメリカの“folly”へのカウンターナラティヴとなっている。

アメリカが発する言説の陥穽を暗示しているのが、愚行の一つとして描かれる少女Lucyによるガソリンタンクへのコーク注入事件である。アメリカが“Things go better with Coke”というキャッチフレーズを掲げて普及させたコークは、砂糖のせいで車のエンジンに致命傷を及ぼす。これは、アメリカが自らの言説の “fallacy”に気づかぬまま世界に注入する砂糖のように甘い「普遍的」言説が、国内のみならずグローバルな「エンジン」を麻痺させ、その“folly”の代償として9.11のテロを招いたことを暗示している。その一方で、このコーク事件が、NathanたちのBrooklynの擬似家族的コミュニティー再構築の契機になっている点を鑑みれば、世界を席巻するコークに表象されるアメリカニズムの欺瞞性が、コークそれ自体によって炙り出されているという解釈も成り立つ。

広大な「空隙」を埋めることは建国以来アメリカに取り憑いたオブセッションであるが、それを行為遂行的な「美徳」の言説とは程遠い、「愚行」の事実確認的なナラティヴを偽装した人情味溢れる人間喜劇の蒐集によって遂行しようとした本作品は、Bush政権の“folly”を逆説的に前景化するAusterのしたたかな戦略的転換を物語っている。