1. 4.空想、イデオロギー、非現実的な現実性 Don DeLilloの Underworld

4.空想、イデオロギー、非現実的な現実性 Don DeLilloの Underworld

永野 良博 上智短期大学


Underworld (1997)では1951年を起点とし、ほぼ半世紀に亘るアメリカ冷戦期の国家再編成の様子が、ソビエトとの対立を軸とした大きな物語と、国内に散らばった登場人物の様々な物語を通して描かれてゆく。ソビエトによる核実験、キューバ・ミサイル危機、ベトナム戦争のような大規模な歴史的危機が国家の大きな物語の中心を占めるが、アメリカの抱く地政学上のシナリオ、そして高度な軍事テクノロジー発展の莫大さと複雑さは、多くの登場人物の理解力を圧倒する。情報の欠如、認識力における限界のため、彼らは自らの国家と敵国の活動について、無数のそして互いに連結し合う空想的物語を作り上げてゆく。国家間の陰謀、爆弾、ミサイル、そして核による攻撃の可能性に関する空想は、自分達を取り巻く世界で起きる出来事を理解しようとする彼らの試みの産物である。そのような空想は彼らが抱く脅威により増幅された誇大妄想的な想像力に強く影響されているが、それらを非科学的及び幻想的な歴史物語として拒絶することは出来ない。批評家Patrick O’DonnellがUnderworld に関する論考の中で「まさにUnderworld においてはunderhistoryこそ唯一の歴史である」と述べる時、彼はしばしば妄想へと傾く空想に根差した、非公式の歴史物語を肯定していると思われる。

ここで考えてみたいのは、登場人物達が提示する無数の空想を通して描かれる冷戦期のアメリカ社会において、彼らの理解する「現実性」とはどのようなものであり、何がそれを支えているのかという問題である。DeLillo作品の研究において現実性という問題の探求は、中心的な課題の一つである。非公式な歴史の現実性の問題と共に、メディアの作り出す映像の持つ超現実性や、交換可能で使い捨ての一種幻想的な特質を持つ商品が溢れる消費社会と、それらに規定される個人の生活の非現実性などが扱われてきた。本発表において主眼が置かれているのは、空想とイデオロギーの結合が、いかなる方法で現実性そして非現実性を形成してゆくかという問題である。そして冷戦期の戦争国家が発展させる高度なテクノロジー、共産国との対立が孕む複雑な地政学的及び軍事的シナリオに関して、登場人物達が想像力を働かせた時、彼らを苛むことになる人生そして社会に浸透する非現実的な現実という感覚に注目する。Underworld では複数の個人の空想はお互いに絡み合い、さらにそれらは大きな国家の空想と絡み合う。連結された空想を検証し、不安に支配された精神的混乱へと入り込み分析し、彼らの抱く現実性、非現実性という意識を形成する要素を探ってゆきたい。そのような目的を果たすために論じたい事柄は、イデオロギー作用に支配された空想の産物としての現実、高度な軍事テクノロジーが持つ歪んだ崇高美、そして都市部の周辺に押しやられた他者の姿が提起するアメリカ社会の抱える矛盾などである。そうした文脈の中で、何人かの登場人物が提示する現実性の個々の形態を探ってゆくつもりである。