1. 4.Toni Morrison, Paradise における人種、歴史、共同体

4.Toni Morrison, Paradise における人種、歴史、共同体

宮本 敬子 西南学院大学


Edward W. Saidは Freud and the Non-European (2003) において、Sigmund Freudの Moses and Monotheism (1939) に提示された人種アイデンティティの概念に,現在の中東問題に対する解決の手がかりを見いだそうとする。すなわち、ユダヤ教あるいはユダヤ人アイデンティティの創設者ともいえるモーセが、非ヨーロッパ人のエジプト人であったとするFreudの「自らの内的限界を知る暫定的アイデンティティ」というラディカルな概念に、Saidはユダヤ人とパレスチナ人の相互理解の新たな基盤を形成する可能性を示唆している。しかし、Jacqueline Roseは精神分析の立場から、Saidの見解は「アイデンティティの固着性、またアイデンティティが共有するトラウマの問題」に対して、楽観的なものではないかと危惧する。ユダヤ人とパレスチナ人が抱えるトラウマに満ちた歴史を考えるとき、「トラウマに対する歴史的に立証された反応は、それを繰り返すことである」からだ。

Toni Morrison (1931-)の Paradise (1998)も、このようなトラウマ化された歴史によって構築された共同体の問題をテーマとしている。この作品では、奴隷であったアフリカ系アメリカ人のキリスト教信仰にとって、最も重要で原型的な神話である旧約聖書「出エジプト記」に基づく歴史観と共同体アイデンティティをもつ黒人だけの町が、やがて排他的で人種差別的で孤立したものとなり、衰退していく過程が描かれている。Morrisonは、奴隷制度の抑圧から解放された後、黒人だけの理想の共同体を建設しようとするアフリカ系アメリカ版アメリカの夢を批判し、Freud同様、自らの民族的文化的遺産に挑戦しているのである。

本発表では、Paradise において前景化されている男女の二項対立的図式、とりわけ家父長的で保守的な黒人だけの町Rubyと人種的にも階級的にも多様な女性達が集まる修道院との対比を、トラウマ表象のジェンダー化という観点から考察する。ホロコースト文学やスレイブナラティヴに見られるように、トラウマ体験が母性 / 女性表象を呼び起こすことはすでに指摘されているが、Morrisonはそのような母性 / 女性表象に潜む家父長制イデオロギーの再生産をどのように回避しているのだろうか。社会から周縁化された修道院の女性達の自己再生の物語は、抑圧されてきた女性の欲望を取り上げ、家父長制文化によって構築された女性性や異性愛主義のパラダイムに挑戦してきたFemale Gothicの伝統の適用と修正であることを、Joan Copjecの理論を援用することによって明らかにする。さらにトラウマ化された歴史を抱えるRubyの共同体と、修道院にて過去のトラウマ体験から解放され自己再構築する女性達の共同体の分析を通して、Morrisonが、ジェンダー / セクシュアリティを軸として、人種アイデンティティ、歴史、そして共同体の概念を再考する過程を考察したい。