1. 4.ペーパー・サン―― China Men、Paper Angels、Paper Son に描かれた排斥時代の中国系移民の苦闘

4.ペーパー・サン―― China Men、Paper Angels、Paper Son に描かれた排斥時代の中国系移民の苦闘

池野みさお 津田塾大学


Maxine Hong Kingstonの China Men (1977) には、多くの中国系移民たちが「ペーパー・サン」として、すなわちアメリカに渡ったという記述がある。1840年代末にカリフォルニアでゴールドラッシュが始まり、鉄道建設をはじめとする西部開拓においても大量の労働力を必要としたアメリカを目指し、大勢の中国人がやって来た。Kingston自身の父親を思わせる語り手の父親も、曽祖父や祖父たちの世代と同様、金山の夢にとらわれる。しかし、彼がアメリカ行きを決意した1924年というのは、いわゆる排日移民法が制定された、アジア系移民に対する排斥の動きが最も厳しい時代であった。中国人に対してはすでに1882年の段階で、中国人排斥法が成立している。大陸横断鉄道完成後、建設の仕事を離れた1万人超の中国人たちによって、自分たちの職域が侵されることに反感を抱いた白人労働者たちによる排斥運動の結果であった。以後、1943年にいたるまで、商人とその家族、留学生、外交官等を除く中国人の入国は禁止されることになる。

こうした厳しい状況の中で中国人たちが編み出した苦肉の策が、ペーパー・サンの呼び寄せである。ペーパーとは、アメリカ市民の息子であることを証明するための書類である。1906年のサンフランシスコ大地震によって市民権証書をはじめ移民関係の書類が焼失した後は、多くの中国人にとってアメリカ生まれであることを申し立てることが可能となった。彼らはさらに中国に戻って結婚して子どもが生まれたと主張し、それを証明する書類をも手に入れる。この書類を購入した中国人がペーパー・サンとしてアメリカに渡るのである。

China Men には、語り手の父親が、合法的な自分自身のペーパー以外に何度も繰り返し使用されたペーパーを購入したというくだりがある。彼がこのようなことをした背後には、中国人にはとりわけ厳しい移民審査が行われたという事実がある。微に入り細をうがった尋問に対抗するために中国人たちはコーチ本まで用意し、それを暗記して面接に臨んだという。

Genny Limの Paper Angels (1978)は、1910年から1940年までの間実際に移民審査が行われたエンジェル島の移民拘留所を舞台にした一幕ものの劇である。ここには、ペーパー・サン/ドーターとして入国を果そうとする中国人たちが通訳をまじえて面接を受ける様子や、長いときには3年にも及ぶ拘留生活に苦しむ様子が描かれている。Limはこの作品を書く2年前に、エンジェル島の移民拘留所の壁に書かれた中国語の詩を翻訳し、移民にインタヴューを行うという口述歴史のプロジェクトに関っている。Lim自身エンジェル島で審査を受けた移民の子孫であることもあり、作品中の登場人物たちの対話は実に真に迫っている。

最後に取り上げるTung Pok Chinの Paper Son (2000)は、筆者自らペーパー・サンであることを明らかにし、その苦闘と生涯について語った自伝である。1934年に19歳でボストンに到着したChinは、わずか3日間尋問を受けただけで入国を許可される。が、多額の借金を抱えてスタートしたアメリカでの洗濯業者としての生活は決して楽なものではなかった。さらに、マッカーシズムの時代には、中国共産党を支持する中国系移民をとらえようとするFBIから執拗に訪問を受けたりもする。

本発表では、時代とアプローチの仕方の異なる以上の3作品を用いて、排斥時代に中国系移民のアメリカ入国を可能にしたペーパー・サンのシステムと彼らの苦闘について考えてみたい。