1. 3.衣服は人を作らない――1890年のAlger作品と「美しき犯罪者」言説

3.衣服は人を作らない――1890年のAlger作品と「美しき犯罪者」言説

福井 崇史 中央学院大学(非常勤)


「ぼろ着から金持ちへ(rags-to-riches)」という形式を用いた成功譚の生みの親とされるHoratio Alger Jr.の諸作品において、作中人物の衣服や装身具が社会的地位あるいは収入の面における「成功」の象徴となっているというのは定説だが、同時に衣服を含む「見た目」が人物の内面の象徴であるという指摘も複数の評者によってなされている。こうした指摘は、確かに彼の出世作であるRagged Dick (1867年)を読む限りは的を射たものだと言えるだろう。しかし最晩年まで同一のフォーミュラに則って執筆を続けたAlgerが1890年に上梓したStruggling Upward においては、“appearances are deceitful” という表現がテクスト中に3回も登場し、この作品自体が上で述べた「定説」へのアンチテーゼであるとさえ読めてしまう。Alger作品における人の「見た目」の扱い、あるいはそれに対する信頼の変化を促したものは何か。本発表は、それを1870年代半ばから80年代にかけて出版されたプロの探偵による回想録の中に見出すことで、1890年のAlger作品が表面上提示している内容を読み直すという一種の言説研究となる。

19世紀後半、アメリカではプロの探偵たちが活躍し、その活動を文字テクストの形に再編した回想録を出版するようになる。Algerの諸作品と同様に若年層 / 労働者層を主な購買読者としたそれらの著作群に描かれているのは、探偵と犯罪者双方が変装を多用し、「見た目」を信頼することの出来なくなった世界であった。しかし同時代の最も傑出した探偵であったAllan Pinkertonの後期の著作、そしてニューヨーク市警のThomas Byrnesによる犯罪者ルポ的著作がテクスト上で頻繁に論じていた対象とは、実のところ「見た目」が一般人と同様かそれ以上に「美しい」とされる犯罪者たちであった。

これらの著作に様々な形で接していたと推察されるAlgerが1890年に生み出したテクストStruggling Upward は、物語フォーマットに限れば20余年前の作品と大差ないものだ。しかし初期の作品とこのテクストとの決定的な違いは、後者においては探偵たちの回想録に見られたような「美しい犯罪者」がテクスト上に登場してしまっている、という点である。その結果、Ragged Dick における場合と同様に地位の向上と共に徐々に衣服の上でも洗練されていく主人公は、「見た目」の上で洗練されたと描かれれば描かれるほど、彼自身が「美しき犯罪者」の一人となる可能性を十分に秘めた人物として読者の目に写ることになってしまうのだ。しかしPinkertonらの描いた「美しい犯罪者」が実際に現実世界に存在していたのであれば、「見た目と中身の一致」という古典的/ミメーシス的修辞論理が破綻したこのAlger作品は、当時の文壇の主流であった「リアリズム」文学作品と共通する要素を持つテクストと呼びうるのかも知れない。