1. 第3室(1号館3階 131教室)

第3室(1号館3階 131教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
上西 哲雄

1.Huck とJimの違法性と共犯関係――Adventures of Huckleberry Finnにおける逃亡を再考する

  山本 祐子 : 神戸女子大学(非常勤)

2.Daisy Miller におけるアメリカ人の葛藤 ――Henry Jamesの異文化理解

  瀧口 美佳 : 立正大学(院)

辻本 庸子

3.衣服は人を作らない――1890年のAlger作品と「美しき犯罪者」言説

  福井 崇史 : 中央学院大学(非常勤)

4.19世紀末から20世紀初頭にかけてのThe Ladies’ Home Journal における小説作品研究

  秋田 淳子 : 岩手大学



山本 祐子 神戸女子大学(非常勤)


Adventures of Huckleberry Finn (以後 Huck Finn と省略) において、Huck とJim はそれぞれ異なる「自由」を求めて旅を続けていると言われてきた。Leo Marx 以来、Huckは「社会的な制約からの自由」や「文明からの精神的な自由」を求めて旅していると議論されてきた。そしてHuckの「自由」と明確に区別され、Jimは「奴隷制からの肉体的な自由」を求めていたことが強調されてきたのである。つまり白人少年のHuckと逃亡奴隷のJimでは、そもそも逃亡を続ける動機も目的も違うというのがMark Twain批評における一致した見解である。しかし半世紀以上にわたって引き継がれてきたこの見解を、見直す時期に来ていると本論では考える。

HuckはなぜJimと旅を共にすることとなったのか、その動機付けはあいまいで、納得いく議論もなされてこなかった。確かにHuckがJimとの旅を通して人間的な繋がりを深め、その果てにJimを救おうと苦渋の決断をするくだりには説得力がある。しかしJackson’s IslandでHuckとJimが再会したとき、彼らはさしたるためらいもないまま共に暮らし始めるのはいかにも不自然である。なぜならSt. Petersburgの村人たちの多くが懸賞金を目当てにJimを追っていたのである。このJimと行動を共にすれば、Huckもまた村人たちに発見される危険が増す。Huckのようにひどく臆病で用心深い少年が、こうした危険に気付かないはずはない。そして白人達に裏切られ続けてきたJimが白人であるHuckを最初から信頼していたとも考えにくい。むしろHuckとJimが共に隠れ暮らすこととしたのは、彼らには当初から共通の利害があったからだと考えるべきだ。

KingとDukeがそうであったように、HuckとJimはそれぞれが法に反して追われる身であったがために、協力する他なかったのである。本稿ではとくに、Huckは社会的にはJimと極めて類似した立場にあって、そこからJimと同じように不法に逃げてきていた事実をつまびらかにしていきたい。これによってHuckとJimはいずれも法的・社会的制裁から逃れ、罪を免れるために、共謀して逃亡を続けていたことが分かるはずだ。

そしてHuckとJimは二人とも罪を免れようとする違法な逃亡者であったからこそ、自らの社会的な罪悪を絶えず意識させられ、贖いを強いられていたともいえる。たとえば、Huckは最後まで罪悪感から解放されず、Jimは最終的に逃亡奴隷として収監され制裁を受ける。罪悪とその贖いが、HuckとJimの旅に隠された共通の意図でもあったとし、作品を再考したい。


瀧口 美佳 立正大学(院)


本発表では、Henry JamesのDaisy Miller を取り上げ、当時のヨーロッパ大陸でアメリカ人が抱えていた心的葛藤を複眼的に捉え直して分析したい。またアメリカ文化とヨーロッパ文化の狭間に身を置き、両方の価値観に対して共感と反発の間を揺れ動きながら生涯を送ったHenry James個人の心的葛藤や懊悩についても言及する。

Daisy Millerの魅力は「自然と自由の子」と評されるように、いわば「無邪気」と「純真」を表象した属性にある。だが、逆にこの「天真爛漫」ともいえる彼女の魅力がヨーロッパのアメリカ人らには敬遠されてしまう。しかし、彼らアメリカ人の祖先が、信仰の自由を求めることを大義としてヨーロッパ大陸から移住してきたことを考えれば、比喩的な意味でDaisyこそが本来のアメリカ人の姿であったといえるのではないか。一方、そのDaisyと対比されているのがCostello夫人である。Daisyが「アメリカ」を体現しているならば、彼女はまさに「ヨーロッパ」を体現していると言える。ヨーロッパで生活するCostello夫人やその仲間たちは、「計算高く裏表のある」ヨーロッパのアメリカ人社会に属するものの、真のヨーロッパ社会の一員としては永遠に認めてもらえないという葛藤を抱えていたのである。

そして2人のアメリカ人女性の間に位置づけられている存在が、語り手のWinterbourne青年である。彼は前半部分では、明らかにDaisy(アメリカ文化)側につき彼女を擁護しているのだが、後半に進むにつれDaisyの無分別ともいえる行動に違和感を覚える。そして次第にCostello夫人(ヨーロッパ文化)側へと傾斜していくのである。アメリカ人でありながらアメリカ文化に対して感じるWinterbourneの違和感が、Henry James自身がヨーロッパ大陸での長期滞在中に感じていたある種の危機感に通じる、といっても不思議ではない。

本発表では、国際テーマとも密接に関係するDaisy Miller を通してアメリカ文化とヨーロッパ大陸文化間に生じた異質性について、Henry Jamesの辛辣な眼差しを取り上げて検証するとともに、彼が19世紀末に提唱した「異文化理解」と現代社会に与えた大きな示唆に関して、考察するつもりである。


福井 崇史 中央学院大学(非常勤)


「ぼろ着から金持ちへ(rags-to-riches)」という形式を用いた成功譚の生みの親とされるHoratio Alger Jr.の諸作品において、作中人物の衣服や装身具が社会的地位あるいは収入の面における「成功」の象徴となっているというのは定説だが、同時に衣服を含む「見た目」が人物の内面の象徴であるという指摘も複数の評者によってなされている。こうした指摘は、確かに彼の出世作であるRagged Dick (1867年)を読む限りは的を射たものだと言えるだろう。しかし最晩年まで同一のフォーミュラに則って執筆を続けたAlgerが1890年に上梓したStruggling Upward においては、“appearances are deceitful” という表現がテクスト中に3回も登場し、この作品自体が上で述べた「定説」へのアンチテーゼであるとさえ読めてしまう。Alger作品における人の「見た目」の扱い、あるいはそれに対する信頼の変化を促したものは何か。本発表は、それを1870年代半ばから80年代にかけて出版されたプロの探偵による回想録の中に見出すことで、1890年のAlger作品が表面上提示している内容を読み直すという一種の言説研究となる。

19世紀後半、アメリカではプロの探偵たちが活躍し、その活動を文字テクストの形に再編した回想録を出版するようになる。Algerの諸作品と同様に若年層 / 労働者層を主な購買読者としたそれらの著作群に描かれているのは、探偵と犯罪者双方が変装を多用し、「見た目」を信頼することの出来なくなった世界であった。しかし同時代の最も傑出した探偵であったAllan Pinkertonの後期の著作、そしてニューヨーク市警のThomas Byrnesによる犯罪者ルポ的著作がテクスト上で頻繁に論じていた対象とは、実のところ「見た目」が一般人と同様かそれ以上に「美しい」とされる犯罪者たちであった。

これらの著作に様々な形で接していたと推察されるAlgerが1890年に生み出したテクストStruggling Upward は、物語フォーマットに限れば20余年前の作品と大差ないものだ。しかし初期の作品とこのテクストとの決定的な違いは、後者においては探偵たちの回想録に見られたような「美しい犯罪者」がテクスト上に登場してしまっている、という点である。その結果、Ragged Dick における場合と同様に地位の向上と共に徐々に衣服の上でも洗練されていく主人公は、「見た目」の上で洗練されたと描かれれば描かれるほど、彼自身が「美しき犯罪者」の一人となる可能性を十分に秘めた人物として読者の目に写ることになってしまうのだ。しかしPinkertonらの描いた「美しい犯罪者」が実際に現実世界に存在していたのであれば、「見た目と中身の一致」という古典的/ミメーシス的修辞論理が破綻したこのAlger作品は、当時の文壇の主流であった「リアリズム」文学作品と共通する要素を持つテクストと呼びうるのかも知れない。


秋田 淳子 岩手大学


大量消費社会が到来し、資本主義社会が確立した19世紀末のアメリカでは、複数の女性大衆雑誌が熾烈な売り上げ競争を展開していた。各雑誌は購買者獲得と売り上げ数の上昇のために、掲載する小説作品をその戦略としたことは周知の事実である。女性大衆雑誌掲載作品は各誌の生き残りをかけて、著名作家の獲得や無名作家の育成、また作品の質の向上に力を注いだ。しかし、ジャーナリズム研究の分野がその歴史の概略を紹介したり、女性文化に果たした役割は強調されるものの、今日に至るまでそれらの小説作品を個別に分析することはほとんどない。Social Stories:The Magazine Novel in Nineteenth-Century America (2003)において、アメリカ大衆雑誌における小説作品を考察するPatricia Okkerも、連載という形態が作品に与える影響を論じてはいるが、限定された雑誌のごく一部のものを扱うにすぎない。

中産階級以上の白人女性をおもな対象とし、保守的な内容を扱った女性大衆雑誌には1830年に刊行されたGodey's Lady’s Book があり、1860年代にはすでに15万部の売り上げを記録していた。その後、“The Big Six”と呼ばれる6誌が台頭する時代となる。本発表では、6誌の中でも、1883年12月から現在に至るまで刊行され、1889年11月には100万部を売り上げていた the Ladies' Home Journal をとりあげたい。他の雑誌掲載作品と同様に、女性文化構築に果たした同誌の影響の大きさは指摘されてはいるが、その具体的な小説作品を評価し、系統立てた分析はいまだ充分になされていない。同誌が掲載する作品には、連載を重ねる長編や短編、また、読みきりの短編がある。本発表では、1880年代刊行当初から世紀末をはさんだ約20年間に出版された同誌を考察の対象としたい。連載の初回が巻頭頁を飾ったことがあるものを中心に、女性作家による作品を考察することとする。

雑誌における小説研究は、エッセイやコラム、広告などの言説との関わりにおいて作品を論じたり、同時代の「主流」として評価を受けている作品群との比較、登場人物たちのジェンダー・ロールの変遷、また、作品に描写される女性の領域や仕事、結婚などといった主題の分析をはじめ、さまざまな視点から考察することができよう。しかし、本発表では時間の制約があることから、雑誌が負っていた読者獲得の使命の小説作品世界への反映という点を中心に考察したい。いくつかの具体的な作品を挙げながら、雑誌という発表媒体が小説世界に与えた影響を指摘することになろう。女性大衆雑誌掲載小説作品研究における、基礎的なひとつの視座を紹介することを試みるつもりである。