1. Willa Catherにおける「黒」の問題―仮面と越境

Willa Catherにおける「黒」の問題―仮面と越境

東京女子大学名誉教授 佐藤 宏子


これまでの通説に従えば、Willa Catherは「モダニズム」の対極に位置する作家とみなされる。「1922年かそのあたりで、世界は二つに分裂してしまった」という文学論集Not Under Fortyの序文での彼女の有名な言葉が、その例証として頻繁に用いられてきた。言うまでもなく、1922年は文学におけるモダニズムの代表作、James JoyceのUlyssesとT. S. EliotのThe Waste Land が発表された年である。一方、Cather自身もこの年、第一次大戦に従軍し戦死した中西部の農村出身の青年が主人公の小説One of Ours を発表する。この小説はPulitzer賞を受賞するが、Ernest Hemingway, Edmund Wilsonといった「モダニズム」を代表する若い世代の作家、批評家から戦争の経験のない女性が書いた絵空事として酷評される。そのような状況から、彼女が、二つに割れた世界の前半に属する作家であり、”innovation”とは無縁な“conventional”な作家とされてきた。そのようなCather像に揺さぶりをかけ、モダニズムの作家たちと通底するものを指摘したのがMichael NorthのReading 1922である。

Northはジェンダーを核にしてCatherの新たな側面を提示しようとしているが、彼は“simple, popular, nostalgic”という従来のCather観から完全には抜け出していない。本発表では、これまで考察されることがなかった、Catherとアフリカ系アメリカ人とその文化との接点に注目し、Catherの世界の解明を試みたい。代表作の一つ では、作品の中ほどに、1章をさいて黒人ピアニストのエピソードが描かれているし、幾つかの作品の中では仮面劇でもあるミンストレル・ショウへの言及が巧みに用いられている。そして彼女の最後の作品、Sapphira and the Slave Girl では、生まれ故郷のヴァージニアを舞台に、自分の家族の中で展開された「白」と「黒」との葛藤と融合の歴史を、幼い作者自身に目撃させている。これらの作品を通して、Catherと「他者」としてアメリカ文化の中に存在してきた黒人文化との共鳴、融合の意味を考察してみたい。この越境を視座にすると、一見単純で平明に見える彼女の小説技法、言語、主題の複雑さ、新しさが明らかになってくる。これまで “antimodernism”とまで言われてきたWilla Catherの文学の再検討が、「モダニズム」の再定義につながることを期待したい。