1. 1.Diana Sonの Stop Kissにおける人種・ジェンダー・セクシュアリティと暴力

1.Diana Sonの Stop Kissにおける人種・ジェンダー・セクシュアリティと暴力

沖野真理香 神戸大学(院)


本発表では、韓国系アメリカ人劇作家Diana Sonがアメリカで社会問題となっているセクシュアル・マイノリティへのヘイト・クライムを取り扱った劇作品Stop Kiss (1998)を、1990年代のアメリカにおいて実践されたクィア・ポリティクスの観点から論じる。

本作品はオフ・ブロードウェイでの上演時には三度上演期間を延長されるほどの人気を博し、様々な賞を受賞するに至る高い評価を得た。舞台を現在のニューヨークに設定したこの劇は、ニューヨーカーのCallieとセントルイスから出てきたばかりのSaraの間の女性同士の恋愛を描いている。二人が出会いキスをするまでのいくつかの場面と場面の間にflash-forwardという手法をとって、二人がヘイト・クライムに遭った後の出来事が挿入される。つまり舞台上では、現在とごく近い未来の出来事が交互に描かれるのである。

この劇は、アジア系劇作家による作品ではあるが、アジア系という人種をテーマにしていない。作者Sonはニューヨーク、ひいてはアメリカにおける人種の多様性を反映させるために、この劇では登場人物の人種を特定することなく、むしろ様々な人種によって演じられるべきだと考える。また、劇中で登場人物同士が彼らの人種について言及することもない。この劇が焦点を当てているのは、二人の女性同士の恋愛関係である。本作品の特徴は、アメリカにおいて人種的マイノリティの劇作家による作品であるにも関わらず、人種に捉われずにホモセクシュアリティというテーマを扱っている点にある。

本作品は、1990年代のアメリカで提唱されたクィア・ポリティクスと響き合っている。本発表ではクィアを、カミング・アウトしたセクシュアル・マイノリティ同士の、人種や階級、ジェンダー、セクシュアリティなどのあらゆる差異を越えた結びつきと定義する。この劇で語られる、Saraに重傷を与え、Callieにホモセクシュアリティに対する罪悪感を芽生えさせることになる通りすがりの男からの暴力は、規範的セクシュアリティを維持するために行使されるものである。しかし、劇の終盤、ヘイト・クライムによって不自由な身体になったSaraを介護していくことを決意するCallieの姿は、暴力というマイノリティへの社会的抑圧のメタファーをも乗り越えて人々が結びつく可能性を示している。また、互いに男性の恋人がいるにも関わらずに惹かれ合うCallieとSaraの姿は、ホモセクシュアリティとヘテロセクシュアリティの間の境界がいかに希薄なものであるかを露呈している。つまり、ホモセクシュアリティの問題がヘテロセクシュアルの人々と無縁ではないことを私たちに気づかせてくれる。このことから、この劇は、マイノリティとマジョリティの間の境界をも乗り越えて人々が結びつきうることを示唆している点で、セクシュアル・マイノリティたちがあらゆる境界を越えて結びつくことを理想とするクィア・ポリティクスの枠にとどまらない主張を持っている。そして、あらゆる人々が自分の人生を自由に選択することの重要性を訴えているのである。